トップ機関誌「あきた経済」トップロシア市場における秋田県産品の可能性

経営随想

ロシア市場における秋田県産品の可能性

竹村 豊
(公立大学法人国際教養大学東アジア調査研究センター 特任教授)

 2012年1月、東アジア教育の充実と秋田県への地域貢献の要として国際教養大学に設置された東アジア調査研究センターに着任。爾来ロシア極東地域やモスクワを始めとするロシアヨーロッパ部を訪れ、秋田県産品のロシア市場での可能性について実例を元に考えてみた。
 ロシアの消費市場は、ウクライナ問題に対するEU諸国・米・加・豪の対ロ制裁(金融制裁、人的交流の制限等)とこれら制裁国に対するロシアの対抗措置により消費低迷など直接影響を受けることになったが、市場により大きなインパクトを与えたのは寧ろロシア側の対抗措置であった。8月6日、プーチン大統領は大統領令(「ロシア連邦の安全保障を目的とした個別の特別経済措置の適用について」)を発令し、翌7日、連邦政府は大統領令に基づき対ロシア制裁国(日本を除く)からの農水産物輸入禁止措置を発表。肉類・乳製品・魚・生鮮野菜・果物等対ロ制裁参加国からの輸入をストップした。極東ウラジオストクを訪れたのは、この制裁と対抗措置の影響が極東にも出始めた8月末のことであった。
 秋田商工会議所・秋田県貿易促進協会の協力で、ウラジオストク市を中心に極東地域に7店舗の中・高級スーパーを展開するディストリビューターの案内で小売販売の現場をつぶさに観察することができたが、食品・日用品・衛生用品・化粧品等、日本製品の進出・品目の拡大に対する期待が想像以上に大きかった。現下の政治経済情勢で欧米からの輸入商品が不足してきたという事情と共に、商品の安全性・品質に対する消費者・販売業者の考え方が変わってきたのではないだろうか。1~2年前までウラジオストクのスーパーでは日本の食品・食材は日本レストラン、在留邦人、日本食に関心のある限られた市民向けに他国製の「偽物」と混在して棚に寂しく陳列されていたものだが、今回の訪問では日本製品の種類が増え、商品棚にはっきり「日本品質」(Японское  Качество)の文字が書かれ、消費者に選別し易くなったことである。販売する側は日本製であることを売りにして消費者も正確に選別できるようになったのである。加えて販売業者のみならず一般消費者が商品バーコードの国番号を把握し、「日本製」であることを確認していることである。日本メーカーが発売元あるいはブランドオーナーの場合、バーコードに併記されている数字に49又は45で始まる国番号がつくことを恥ずかしいことであるが今回初めて知ったのである。日本ブランドに対し、日本の小売価格の3倍以上を払う消費者にとってオリジンがどこのものか確認するのは当たり前の作業なのであろう。
 ロシアに秋田から定期的に輸入されているものに秋田県北部の農事組合法人が生産する「あきたこまち」がある。輸入量の大半はモスクワの高級日本レストラン・グループ向けであるが、このグループ全体のメニュー、品質、食材の仕入れを監督する日本人シェフに依れば、同法人の「あきたこまち」は品質にばらつきがなく寿司米としても通常の白飯としても使い易く、お客の評判も良いとの現場スタッフの評価があり、外国産の日本米より遥かに高い「あきたこまち」を継続購入しているのだという。それまで何種類かの外国産ジャポニカ米を使用してきたが、秋田県産「あきたこまち」に切り替えてからは現地の調理人や消費者からの米に関するクレームは無くなったとのことである。それでは極東ウラジオストクのスーパー店頭に並ぶ「あきたこまち」は一般消費者の目にどのように映っているのであろうか。
 二年半の間、ウラジオストク出張の度に確認してきたが、この間スーパーの棚から「あきたこまち」が消えることはなかったので、一般消費者の購入も続いていると考えられる。ロシア料理で米は主食ではないしパンの代替にもならないが、伝統的な肉料理・魚料理の付け合せに「温野菜」としてソ連時代から一般家庭でも食されている。経済力が高まった今、消費量も少なく高価であっても今日は奮発して日本の「あきたこまち」を買おうということになるのではないか。パッケージは和紙風の袋にピンクで桜の花びらをあしらい「秋田県産あきたこまち」と墨文字で書かれ、米としては小さい1kg詰めであるが、他のロシア産や外国産米とは差別化された高級感を感じさせるものである。安定した高品質を維持する生産者の努力と差別化して高級感を前面に出した売り込みが成功に導いたのである。
 工業製品と云えば今や韓国・中国製の家電が市場を席巻し隔世の感があるが、ソ連時代末期、極東でTV、ラジカセ、VTRなどの家電は日本製と決まっていた。バーター取引を含む沿岸貿易のシステムがこのブームを支えていたのであるが、今は何と言っても車である。ウラジオストクを訪れた人が誰もが驚くことがある。右側通行の道を右ハンドルの日本の中古車が走り回っていることである。リーマンショックの2008年(ロシアの自動車販売バブル年でドイツの新車販売台数300万台を抜き欧州トップになる勢いであったが、9月以降大失速)には日本製中古車輸入は年間50万台(財務省統計)を突破、2009年にはリーマンショック後の不景気と中古車輸入関税の大幅引き上げに依り、一気に十分の一以下の4.5万台まで急降下、落差の激しさに当時「ジェットコースター」の様だと言われた。その後徐々に回復し、2012年には約14万台まで戻り13~14年も順調に回復している。嘗て秋田港からも中古車が積み出されたが今はなく、富山港、伏木港を有する富山県が中心となり、舞鶴・新潟港と続き主に関西方面の中古車市場から仕入れているようである。それでは何故、高い関税を払ってまで日本の中古車を買うのであろうか。
 ウラジオストクではマツダとトヨタが左ハンドルの新車組立工場をロシア企業と合弁で操業しているが、極東住民は日本で製造された日本車に拘り、日本品質に非常に高い信頼を置いているのである。街を離れると人家も絶える広大な地域で冬季、車の故障は命に関わる重大事故になりかねないからである。結果、大型の路線バス以外(日本のバスは乗降口が道路側)乗用車は殆ど右ハンドルの日本製中古車ということになってしまうのである。プロの運転手に聞いても、誰もが日本で製造された車は故障しないという殆ど「信仰」に近い思い込みがあるようだ。
 これまでプーチン大統領もロシアの自動車産業振興のため、日本製中古車の輸入規制や右ハンドル車の規制を試みたこともあるが、その都度極東住民の猛反対に会い、決定的な政策を打てないでいる。余談だが2012年の大統領選でプーチン大統領の得票率がモスクワ選挙区に次いで低かったのが沿海地方選挙区であったが、高関税などの中古車輸入規制が不人気の大きな理由であった。
 この日本製中古車人気は、一義的には車の品質と、ロシア極東に中古車市場を支える販売網と部品供給網が確立されているからであるが、それだけでは説明が出来ない。日本ブランドに寄せる信頼は日本人や日本文化に対するロシア人の好感が根底にあるからではないか。この日本ブランドへの信頼度を秋田県産品の売り込みにも使えないものであろうか。
 秋田の自然、酒造りの歴史・伝統に育まれた日本酒の可能性はどうであろうか。ロシアの日本酒市場は量的には未だ微々たるものであり、需要の大半は日本レストラン向けである。又、ウクライナ問題を巡り、富裕層の消費意欲減退により、需要の伸びも現状足踏み状態ではあるが、ロシアでもウオッカのような強いアルコール飲料からビールやワイン等へと経営者層や若い世代を中心に嗜好が変化していること、日本食が一般家庭へも徐々に浸透していくことを考えれば日本酒マーケットもゆっくりではあるが拡大してゆくであろう。
 このロシア市場で秋田県南部の酒造メーカーは、モスクワの大手ワイン輸入販売業者との間に日本酒の年間輸出契約を締結した。この輸入業者を通じてハイエンドの日本レストラン・グループ向けに秋田の日本酒を納入するのであるが、契約に到るまでに、レストラン・グループの日本人シェフを真冬の秋田に招聘し、秋田の自然を思いきりインプット出来たことが「物語」作りへの第一歩であった。その後の酒造りと酒蔵の「物語」は酒蔵のすべての工程を見てもらいながら書き込まれたのである。日本人シェフにとって日本酒の選択範囲は広い。秋田県酒造組合所属の蔵だけで39蔵、新潟県には96もの蔵元がある。日本全体では日本酒造組合中央会・清酒部門だけで1508の組合員がいて、すべての蔵が輸出対応できるというわけではないが、その中から一蔵元を選ぶには自分自身を納得させる上でも相応の理由が必要となるのである。
 信頼される品質の良さを前提にした「徹底した差別化と物語づくり」が秋田県産品のロシア市場での売り込みに結びついたのである。秋田県産品には米・日本酒だけでなく、生鮮食料品及びその加工品等「物語」に事欠かない素材がまだまだ眠っている。
 日ロの政治情勢はウクライナ問題を巡り米国、EUを始めとする国際世論の中で日本が独自性を発揮して二国間関係を推し進めることは難しいかもしれないが、ロシア国民が必要としている食料・日用品等日本ブランドの供給を拡大するのは今ではないだろうか。

(大 学 概 要)

1 大学名 公立大学法人国際教養大学
2 代表者名 理事長・学長 鈴木典比古
3 所 在 地 〒010-1292 秋田県秋田市雄和椿川字奥椿岱
4 電話番号 018-886-5900
5 FAX番号 018-886-5910
6 U R L https://web.aiu.ac.jp/
7 教職員数 専任教員64名、職員90名
8 学生数 870人(2014年4月1日現在)
9 基本理念 グローバルな視野を伴った専門知識を身に付けた実践力のある人材を養成し、国際社会と地域社会に貢献する
10東アジア
  調査研究センター
2012年1月、東アジア教育の充実と秋田県への地域貢献の要として国際教養学部付属の機関として設置。センター長:熊谷嘉隆教授(国際連携部長)
あきた経済

刊行物

お問い合わせ先
〒010-8655
 秋田市山王3丁目2番1号
 秋田銀行本店内
 TEL:018-863-5561
 FAX:018-863-5580
 MAIL:info@akitakeizai.or.jp