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機関誌「あきた経済」

本県のインバウンド受け入れ環境整備について

 平成27年の訪日外国人旅行者数は1,973万7千人と、3年連続で過去最多を更新した。増加のペースが速いため全国的に受け入れ環境の整備が遅れ、特に、英語対応、無料Wi-Fi、交通手段に関して不便・不足が生じている。本県でも観光関連業界がこれらの課題の解消に取り組んでいるが、地域や業者により温度差がみられる。各都道府県がインバウンド(訪日外国人旅行)振興に取り組むなか、県内全域で、観光関連業界が一丸となり、当事者意識と今以上の積極性を持ち、旅行者の視点に立って自らの地域の受け入れ環境を見つめ直すことが重要となろう。

1 訪日外国人旅行者について

(1)訪日外国人旅行者数が急増
 平成27年の訪日外国人旅行者(以下、「旅行者」)数は、前年比47.1%増の1,973万7千人で、3年連続で過去最多を更新した(日本政府観光局)。観光庁「訪日外国人消費動向調査」によると、同年の旅行消費額も3兆4,771億円(前年比71.5%増)と、初めて3兆円を突破した。政府は、当初掲げていた目標「2020年に旅行者数年間2,000万人」の突破が確実となったため、本年3月、「2020年に4,000万人、旅行消費額8兆円。30年に6,000万人、15兆円」と、目標値を大幅に引き上げた。この4月に中国政府が輸入品に課す関税率を引き上げて以降、中国人旅行者による「爆買い」が落ち着き旅行者の消費額の伸びは鈍化してきたものの、インバウンドは伸び悩む国内消費のけん引役として引き続き高い期待が寄せられている。
(2)訪問先は好アクセス地域に集中
 消費意欲が旺盛な旅行者を取り込むため、各地域がインバウンドに注力しているが、旅行者の訪問先は、成田空港と関西空港間の「ゴールデンルート」上の都府県、北海道、沖縄というリゾート地に集中し、これらの地域に宿泊する旅行者は依然として全体の8割を超える。旅行者は他地域にも足を延ばしているものの、成田空港から好アクセスでスキー場のある長野県、LCC(格安航空会社)が多数就航している福岡県を中心とする九州などに限られ、広く分散しているとは言い難い。
 本県を含む東北では、旅行者数は、東日本大震災発生の影響で急減した後、復興が進むにつれ回復基調にある。観光庁「宿泊旅行統計調査」によると、平成27年の県内外国人宿泊者数は49,810人と、前年を47.3%上回った。しかしながら、「訪日外国人消費動向調査」から同年の外国人訪問率(※)をみると、本県は0.2%で、全国47都道府県中42位と下位に位置している。本県は、成田空港からのアクセスが不便であること、その不便さを上回る魅力が旅行者に伝わっていないことなどが誘客のネックとなり、旅行者数が少ない。

(※)訪日外国人のうち、当該地域を訪れた割合。宿泊者とは異なる。

2 受け入れ環境について

(1)ハード・ソフト両面で不便、不足が発生
 旅行者数増加のペースが速いため、旅行者が集中する地域では、宿泊施設の不足や宿泊料金の上昇、観光バスの長時間駐車による渋滞などの問題が発生している。全国的にも受け入れ環境の整備が追い付かず、観光庁「外国人旅行者に対するアンケート調査結果について」では、旅行中困ったこととして、回答割合が高い順に、「無料公衆無線LAN(Wi-Fi)環境」、「コミュニケーション」、「目的地までの公共交通の経路情報の入手」となった。「訪日外国人消費動向調査」でも、日本滞在中にあると便利だと思った情報として、「無料Wi-Fi」、「交通手段」、「飲食店」などの割合が高くなった。本県を訪れる旅行者も同様の不便・不足を感じていると考えられる。
(2)本県の受け入れ環境整備への取り組み
 2020年東京五輪・パラリンピックを見据え、政府は地方を含めた受け入れ環境の整備を進めており、県内でも、上に述べたような課題の解消に向けた取り組みがみられる。

a 行政
 県観光文化スポーツ部観光振興課は、インバウンドの誘客促進策として、海外でのプロモーション展開、中国など新たなマーケットの開拓、秋田空港―台湾チャーター便の定期便化に向けた運航支援などを実施している。また、多言語で表記した観光パンフレットの発行、旅行商品の開発、観光連盟が県庁内に新設した「あきた旅のサポートセンター」への英語を話せるスタッフの配置に対する支援なども行っている。
 二次アクセスの整備促進では、鹿角市、仙北市、湯沢市で新規整備に向け動き出した。また、既存の二次アクセスの利用促進にも取り組んでおり、具体的には、秋田エアポートライナー(秋田空港と県内主要観光地を結ぶ)、森吉山周遊乗合タクシー(北秋田市内で主要駅と大館能代空港や観光地を結ぶ)、男鹿半島あいのりタクシー・なまはげシャトル(男鹿半島の主要観光地を周遊する)などの乗合タクシーについて、発着時刻やルートを見直し利便性向上を図っている。
 県観光振興課は、「外国人旅行者は公共交通機関を利用する割合が高いため、インバウンド振興にとって、二次アクセスの充実は欠かせない。二次アクセスの整備を進めると同時に、予約サイトなどのホームページの多言語化、宿泊・観光施設などと連携した乗合タクシーのPRにも力を入れ、旅行者の利用増加に繋げたい。」と話している。

b DMO
 政府が、官民が連携して観光推進に取り組む組織「DMO(観光地域づくりプラットフォーム)」の形成・育成を推進するなか、本年8月現在、県内では、大館市にある一般社団法人秋田犬ツーリズム、羽後町DMOを手掛ける観光開発会社・トラベルデザイン株式会社(本社:秋田市)がDMO候補法人として登録されている。
 このうち、秋田犬ツーリズムは、大館市、北秋田市、小坂町、上小阿仁村を対象とする地域連携DMOで、本年2月に県内第1号として候補法人の登録を受けた(法人設立は4月1日)。秋田犬を核とした地域活性化によるインバウンド振興を図るため、本年度は、マーケティング、プロモーション、観光資源のブラッシュアップ、受け入れ意識の醸成を行う。受け入れ意識醸成では、接遇を学ぶ研修を3回シリーズで実施する計画で、うち2回が7月までに終了した。各回とも、宿泊施設や飲食店など観光関係者が県央、県南からも参加した一方で、参加者数は定員の半数程度にとどまった。主催した秋田犬ツーリズム事務局は、「参加者は意欲的で熱心に取り組んでいたが、参加者数は想定を下回り、地域全体で旅行者を受け入れる当事者意識がやや薄いように感じられた。研修では、コミュニケーションの基本は、語学スキルを身に付ける前に、おもてなしの心を持つことにあると伝えたい。参加者には、異文化を理解し尊重することの重要性を学んでほしい。」と話している。
 なお、県内DMOの詳細については、本誌平成28年6月号の「調査」を参照いただきたい。

c 販売施設
 県内免税店の店舗数は74店(平成28年4月1日現在)で、前年を221.7%上回った。26年の税制改正にともない全品目が免税対象となったため店舗数が伸びており、増加率では全国並びに東北を上回っている。
 県内では、秋田市の「秋田まるごと市場」が26年12月に県内資本の事業者として初めて、翌27年3月には道の駅象潟「ねむの丘」(にかほ市)が県内の道の駅では初めて、許可を取得した。秋田市内の百貨店では、免税対象品目の拡大を機に、旅行者が少人数ながら毎月訪れるようになったが、主な購入内容は、普段使い用の腕時計、菓子などで、少量・低額のものにとどまっている。店側は、「免税対象品目の拡大は旅行者を呼び込む契機とはなったが、期待していたような『爆買い』はなく拍子抜けしている。旅行者は、大型店の多い首都圏で集中的に買い物をしているのではないか。」と、分析している。

d 飲食店
 県港湾空港課の誘致活動により、外国籍大型クルーズ船が本県に寄港を始め、秋田港には、平成26年度に1回、27年度には5回の寄港があった。クルーズ船の旅行者は、ガイドが引率する団体旅行とは異なり、個々に街歩きをして観光を楽しむことが多い。秋田港や秋田駅周辺にある飲食店は、旅行者が立ち寄る機会が増加したことから、メニューの英語表記を行った。
 秋田市にある飲食店の経営者は、「自分も含め従業員は英語の苦手意識が強く、英会話習得の必要性は感じるが学習する予定はない。現在のところ旅行者が来店する頻度がさほど高くないため、英語版のメニューを用意したことで対応は十分であるように思う。」と語っており、消極的な対応をした様子が窺える。

e 宿泊施設
 秋田県総合観光ホームページ「あきたファン・ドッと・コム」にある宿泊施設全155か所の受け入れ環境をみると、まず英語については、施設内に英語の案内表示がある施設、英語を話すスタッフがいる施設とも、3割を下回った。エリア別では、大規模施設が集中する秋田中央エリア、温泉郷のある男鹿・八郎潟エリアが、比較的対応が進んでいる。一方、小規模な施設が多い県北・県南は英語表示の整備が遅れている。背景として、これまで外国人旅行者は団体旅行が中心であったため受け入れが難しく、インバウンドへの取り組み自体に消極的にならざるを得なかった事情がある。
 次に、通信環境では、宿泊施設全体の約7割がWi-Fiを完備しており、なかでも、秋田中央エリアと十和田・八幡平エリアは環境が整っている。これら2エリアは、シティホテルとビジネスホテルの占める割合が高く、温泉旅館などと比べて、ビジネス客など日常的に施設を利用する客が通信環境を重視する傾向が強いため積極的に整備を進めたものと考えられる。
 秋田市内にあるビジネスホテルの従業員は、「本県を訪れる旅行者は、秋田市を通過し田沢湖や角館などの観光地に泊まるケースが多いように感じている。旅行者の利用はほぼないが、念のため、英語の案内表示を用意し受け入れ態勢だけは整えている。」と、話す。

f その他観光関係者
 秋田合同タクシー(本社:秋田市)は、旅行者の利用が増加し外国語を学ぶ必要性が高まったため、本年6月、従業員を対象に英語と中国語のレッスンを開始した。料金、所要時間、送迎時刻などに関する会話力を身に付けることを目標に、各講師を招いて1時間半のレッスンを月に4回(英語・中国語、各2回)、1年間の計画で実施している。従業員全55名のうち、15名が英語、6名が中国語、2名は双方を学んでいる。社長の七尾久夫氏は、「当社はこれまでも、乳幼児を連れた外出をサポートする『子育てタクシー』、介助が必要な方向けの『介護タクシー』など、ニーズの多様化に合わせ、その都度講習会を開いて知識・技術を習得し需要の取り込みに繋げた実績がある。従業員は学習意欲が高く、外国語の習得にも積極的に挑戦している。講師料、従業員への教育手当など、負担は決して軽くないが、外国語をマスターすると旅行者の利用増加が見込まれるため従業員の語学学習をサポートしたい。」と、前向きな姿勢をみせている。
 また、秋田市にある英会話スクール・COCO塾秋田校は、本年2・3月に、旅行者との会話を想定した「“おもてなし”英会話セミナー」を実施した。レッスンは、ショッピング、飲食店、お土産、観光などシーン毎に、全5回の日程で行い、ゴルフ場の従業員、観光ボランティアガイドなど、約30人が参加した。COCO塾を運営する株式会社ニチイ学館秋田支店支店長・那須貴子氏は、「期待以上に申し込みがあり、旅行者の増加にともない英会話を用いる機会が増えていることを実感した。一般の方の参加も多く、地域全体で旅行者を歓迎している姿勢がうかがえる。一方で、宿泊・観光施設からの参加が少なく、やや消極的であるように感じた。県内のインバウンド振興の一助となれるよう、今後も同様の企画を実施し観光関係者への積極的な声掛けを続けたい。」と、意欲を示している。

3 まとめ

 上記のとおり、県内では、インバウンド振興に向けた受け入れ環境の整備について、積極的な取り組みがみられる一方で、地域や業者によりかなりの温度差があるように感じられた。
 現在、インバウンドの個人旅行化が進み、旅行者はゴールデンルート以外の地域に目を向け始めている。各都道府県が誘致にしのぎを削るなか、本県に待ちの姿勢でいる余裕はない。県内全域で、観光関連業界が一丸となり、当事者意識と今以上の積極性を持ち、旅行者の視点に立って自らの地域の受け入れ環境を見つめ直すことが重要となる。
(相沢 陽子)
あきた経済

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