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経営随想

金融リテラシーにみる秋田の自画像

野見山 浩 平
(日本銀行秋田支店 支店長)

(はじめに)

 秋田に住んで2回目の冬を迎えている。東北に住むのは人生初めての経験であるが、正直これほど良いところとは思わなかった。ただ、経済活動をみると、地元企業の事業意欲は必ずしも高いとはいえない。「景気回復の恩恵は地方まで届いていない」という声をきく。「お上」への依存心がにじみ出るような表現だが、自ら需要をつかめないのは何故なのか。いくつかの仮説が浮かんでは消えていく。根本原因は「外側」ではなく「内側」にあるのではないか。最近、ある調査結果をみてそう思うようになった。
 その名は「金融リテラシー調査」。金融広報中央委員会が18歳以上の「お金の知識・判断力」を調べるために行った、わが国初の大規模なアンケート調査である。全国2万5千人を対象に、国勢調査データにおける県別、年代別、男女別に、回答者が割り付けられている。ここでは、全国との比較における秋田県の特徴をみてみよう。

(金融知識・判断力)

 金融知識・判断力に関する正誤問題の正答率は、全国平均並み(47都道府県中24位)。ちなみにトップ3は奈良県、香川県、京都府。ワースト3は山梨県、沖縄県、山形県となっている。秋田の場合、例えば「人生の3大費用とは何か」という問題の正答率が全国最低である。正解は、「子の教育費、住宅購入費、老後の生活費」。秋田県民はこれらにお金をかけていないということなのか。(?)
 正答率を年代別にみると、18~29歳が一番低く、60代が一番高い。これは全国でも同じ傾向である。

(家計管理・生活設計)

 緊急時に備えた資金を確保している人の割合(48.6%)は全国平均を下回る(43位)。また、老後の生活費について資金計画をたてている人の割合(27.7%)は全国最低である。この備えの手薄さは、秋田の暮らし易さや家族のつながりの強さを反映しているのかもしれないが、やはり改むるにしくはなかろう。他方、期日に遅れずに支払いをする人の割合(86.3%)は10位(東北ではトップ)。NHKの受信料支払率が全国トップであることにも表れている。

(金融知識・金融商品の利用選択)

 消費者ローンを利用している人の割合(2.8%)は全国でも低い(42位)。また、元本の変動リスクのある金融商品の購入経験をみると、株式を購入したことがある人の割合(24.1%)は全国平均を大きく下回る(38位)。その一方で、投資信託を購入したことがある人の割合(26.9%)は全国平均を上回る(19位)。意外にも東京都や愛知県とほぼ同じ水準である。

(金融教育、外部知見の活用)

 学校等で金融教育を受けた人の割合(5.2%)は全国平均を下回る(38位)。秋田県金融広報委員会の会長である私としては反省しきり。また、家庭で「お金の管理」について教わった人の割合(14.2%)も全国最低レベルである(46位)。もともと子供が金銭的遊興にふける環境が余りないことも一因だろう。一方で、各種メディアで金融経済情報をみる人の割合は全国2位。金融経済への知的関心の高さがうかがわれる。

(行動バイアス)

 さらに、本調査では、行動経済学的分析により、秋田県民の行動バイアス(癖)も明らかになった。調査で使われた設問を以下に挙げるので、読者の皆さんも考えてみて頂きたい。

①10万円を投資すると、2万円の利益または1万円の損失が半々の確率で生じる。これに投資するかしないか。

 損失回避の傾向をみる問いである。秋田は「投資しない」と答える人の割合が82.5%で全国8位。ただ、全国でみても約8割の人が「投資しない」と答えており、わが国(特に女性)の損失回避傾向の強さがうかがわれる。

②お金を必ずもらえるという前提で、今10万円をもらうか、1年後に11万円もらうか、どちらを選ぶか。

 近視眼的行動の傾向をみる問いである。秋田は「今10万円もらう」と答えた人の割合が56.1%で全国3位。この低金利環境下で、1年待てば10万円が1万円の利息を生むと考えれば、どちらが得か答えはおのずと明らかのようにも思う。この傾向は高齢者や男性で強いことがわかっている。

③似たような商品が複数ある時、自分が良いと思ったものと、「これが一番売れています」と勧められたものと、どちらを買うことが多いか。

 横並び行動の傾向をみる問いである。秋田は、後者を選ぶ人の割合が16.5%で全国11位。ちなみに②でみた近視眼的行動や横並び行動の傾向が強い人には金融トラブルに巻き込まれた経験のある人が多くみられる(秋田は15位)点、注意が必要である。

(金融教育の重要性)

 人間の長所と短所は裏表の関係にあるのと同様、この調査結果は、善悪二元論を超えた幅広い解釈の余地がある。ただ、私自身は、秋田県民の損失回避、近視眼的行動、横並び行動の傾向の強さをみると、やはり「稼ぐ力」の弱さを連想してしまう。物事に慎重であることや他人の動きを気にすることは悪いことではないが、環境変化の大きい時代に、リスクを怖れるあまりチャンスを失っている可能性はないだろうか。
無論、これは秋田だけに言うべきことではない。全国的に損失回避傾向はかなり強く、実際に株式や投信などのリスク性資産に投資したことのある人は2~3割に止まっている。かつてのバブル崩壊やリーマン・ショックの後遺症といえばそれまでだが、預金対比でみて長期の積立・分散投資が有利なのは明らかであり、安全運用が必ずしも合理的選択とは言い難い。

 同じことは企業の投資行動にもあらわれている。例えば、現状、地域銀行の抱える不良債権は歴史的にみても最低水準にある。金融機関の貸倒れが減ること自体は望ましいものの、地方の企業の事業意欲が弱まっている証だとしたら、手放しでは喜べない。
今の日本は、世界経済が様々な不安定要因を抱える中で、人口減少・高齢化社会への移行が始まっている。その負の要素を克服し、新たな経済成長を生み出していくための「未来への投資」が課題だ。民間部門も、単に政府の成長戦略を待つだけではなく、これまでの「借金を減らして現金を増やす」というデフレ型投資スタンス、その思考法から変えていく必要があるのではないか。

 そこで問題となるのがやはり教育である。学校や家庭における教育を通じて、知らず知らずのうちに、「リスクには近づかないのが最善」という観念が浸透してしまっている可能性がある。秋田の場合、もともと優等生が育ちやすい環境に加え、金融経済情報をみる傾向が高いことの影響もあるだろう。こんにちメディアでみる金融経済情報は、現状と先行きに対する悲観や不安心理で溢れかえっている。ここから「やらない言い訳」を探すのは実に容易だ。

 ただ、達観すれば、人生そのものが常にリスクと隣り合わせ。何もしないことも実はリスクを生んでいる。リスクに背を向けず、冷静に向き合いながら、チャンスをどう掴んでいくのかを考えさせるのが、これからの金融教育といえる。実際に、今回の調査では、正答率の高い人には、金融教育を受けた経験も多く、投資に前向きな姿勢がみられた。その意味でも、若い世代に対する金融教育は重要である。

(地域経済の抱える問題)

 なお、損失回避の傾向は、利益を得た時の喜びより、損失を被った時の悲しみを強く感じる場合に生まれやすいという。現在、わが国の中小企業の中には、経済的支援を受けていながら、思うように経営改善が進まない会社が相当数存在している。停滞した現状を維持するよりは、不採算事業を整理するとか、会社そのものを一旦たたんで、再スタートしたほうがよい場合もあるはず。だが、経営者は心理的苦痛を避けようと、それを決断できずにいる。このようなことが企業経営の改革ひいては地域経済の活性化を遅らせてはいないか。

 地方創生(地域振興)に関しても同様だ。ヒトやカネの資源制約が強まる中で、各種事業において、地域内(間)連携の重要性が高まっているが、現実にはうまく進まないことも多い。得られるメリットが見えづらい中で、各主体が自らの損失を避けようとする結果、全体としてみると、取組みが中途半端に終わったり、スピード感が落ちたりする。何かを得るためには別の何かを犠牲にしなければならないということが、頭ではわかっていてもうまく実践に結び付かない。

(おわりに)

 以上、話が膨らんでしまったが、調査結果を手掛かりに思うところを述べてみた。こうした都道府県別比較は、県民性というキーワードで面白おかしく論じられることが少なくない。ただ、そうした固定観念(宿命論)では現代人の多面性や価値観の変化は捉えきれない。実際、今回の調査結果にも矛盾や不整合に映る部分が散見される(例:損失回避傾向が強い秋田で、投資信託の購入者の割合が高い)。見方を変えれば、ビジネスには様々な切り口、可能性が広がっているということだ。以前、お年寄りが多い町で子供服が売れているという話をきいた(孫へのプレゼント需要)。矛盾は希望のあらわれともいえる。

 今回の調査が、県民の皆さんにお金の使い方・知識を振り返り、自らの暮らし、ひいては秋田の未来をよりよくするための気付きとなれば幸いである。
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