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経営随想

干拓の村これから

髙橋 浩人
(大潟村 村長)

大潟村の成り立ち

 大潟村は、かつて琵琶湖に次ぐ日本第2の広さを誇った湖「八郎潟」を干拓してできた村です。世紀の大事業と言われた八郎潟干拓は、1954年(昭和29年)にオランダのヤンセン教授とフォルカー技師が来日したのを契機として、オランダの技術協力を得て1957年(昭和32年)5月1日に国営事業として始まりました。
 事業開始から7年後の1964年(昭和39年)、八郎潟の湖底は17,239haの新生の大地に生まれ変わりました。湖の干陸と合わせ同年10月1日に新設自治体として大潟村が誕生し、6世帯わずか14人からのスタートとなりました。
 翌年1965年(昭和40年)、国は「八郎潟新農村建設事業団」を設立し、農地の区画整理、農業用施設や住宅・公共施設などの整備を進め、全国各地からの入植が始められました。そして、第1次入植から第5次入植までと県単入植により合計589名の入植者が、北は北海道から南は沖縄まで一都一道36県から家族と共に入植しました。1977年(昭和52年)3月、実に20年に及ぶ歳月と総事業費852億円の巨費が投じられた世紀の大事業は完了しました。

大潟村の現況

 残存湖等を含めた大潟村の行政区域面積は17,005ha(前述の「17,239ha」は周辺市町の湖岸干拓も含めた面積)、堤防は周囲52kmで東京の山手線(周囲34.5km)がすっぽり入る広さです。中央干拓地(堤防の中)15,666haのうち農地面積は11,577ha、農家戸数502戸で平均耕作面積は約18haです。
 平成29年1月1日現在、1,090世帯、人口3,206人。高齢化率は男性28.9%、女性36.5%、男女計32.7%(平成28年7月1日時点)となっています。
 2011年(平成23年)9月に男鹿市と共に「男鹿半島・大潟ジオパーク」として日本ジオパークネットワークに加盟認定されました。ジオパークでは男鹿半島と八郎潟の形成過程や干拓の大地が育む豊かな自然、そこで営まれる農業や生活、文化などを間近で感じることができます。
 村創立30周年に記念植樹した11キロに及ぶ桜並木は、菜の花の植栽と共に桜の名所となっています。また、道の駅おおがたの産直センター潟の店、モール温泉のポルダー潟の湯、ホテルサンルーラル大潟などの観光施設も充実し、ボートや水上スキーなど大潟村の特性を活かしたスポーツや観光振興にも取り組んでいます。

新年に当たり

 年始に大潟村を一望できる三種町の陣屋森に登ってきました。前日の雪で白く見えましたが、稲株が見えいつもよりずいぶん雪が少ないことが分かります。
 それでも、かつての八郎潟を想像するのには十分な眺望であり、改めて八郎潟干拓について思いを馳せました。
 八郎潟干拓の目的は、戦後の食料不足の解消と新たな農村建設により、大規模機械化農業による日本のモデル農村を建設することでした。しかし、その背景には日本のサンフランシスコ平和条約締結による世界への復帰と関係のあることが、昨年暮れの魁新報の報道で分かりました。
 平和条約締結を主導した米国は「日本に賠償を求めない」方針で進めようとしましたが、連合国側のオランダは日本によるオランダの植民地支配を念頭に難色を示したことから、米国はその対応を日本政府に打診します。そこで、日本政府が考えたのがオランダの技術協力で行う八郎潟干拓でした。
 以前から八郎潟干拓については、様々な検討がなされてきましたが実現には至っていませんでした。それが、平和条約が締結されオランダの技術協力と世界銀行からの融資で一気に現実のものとなった訳です。そして、昭和39年の干陸によって大潟村は誕生します。
 同年は、平和の象徴である東京オリンピック開催の年であります。平和条約締結から13年、オリンピック開催と八郎潟干拓による大潟村誕生が同じ年に行われたことは感慨深いものがあります。八郎潟干拓は、戦後の食糧増産や次三男対策などが目的とされていましたが、誕生の裏には平和のための干拓でもあったと言えます。
 干陸から50年が過ぎ農業技術は飛躍的に進歩し、日本の米は過剰な時代が続いています。しかし、世界では旧態依然とした農業生産地帯も多くあり、人口増加で食料不足の地域もあります。
 大潟村は、現代の食料事情に適合した生産と先進の農業技術の導入による効率的な生産を探求して行かなければなりません。
 日本は少子高齢化の人口減少社会に向かっているなか、国内消費だけに頼るのではなく世界にも目を向ける必要がります。
 2017年はアメリカでは大統領にトランプ氏が就任し、世界では様々な変化が顕在化してきました。そうしたなか、大潟村には農業を通じた社会貢献や平和貢献が新たな使命として求められます。酉年は、村の新たな「飛翔」の年にしたいと思います。

知識集約化農業への転換

 現代の農業は、アメリカを代表とする「大規模機械化農業」とオランダのような「工業集約化農業」そして、神野直彦東大名誉教授(注)は北欧のような「知識集約化農業」があると言っています。
 大規模機械化農業とは、広大な農地に機械力で農作物を栽培し、しかも、機械化しやすいように品種改良して行き着いたのが遺伝子組み換え作物での栽培体系です。
 工業集約化農業とは、工場の様に一定の環境で効率的な生産管理を行うオランダのハウス栽培です。オランダのハウス内では最大限の生産を上げるために光、温度、水、栄養分、そして、二酸化炭素量もすべてコントロールして生産量の最大化を図っています。そして、行き着いたのが植物工場です。
 知識集約化農業とは、その土地の気候、土壌、水、植生、微生物などの特性を最新の知見で最大限活用します。更に最新の技術でコストを下げて最大の生産を上げ、持続可能な農業を行うものです。
 デンマークでは耕畜連携による有機栽培で持続可能な農業を推進し、しかも、家畜の糞尿はバイオガスでその廃液は肥料に、麦ワラは燃料としてバイオマス発電や熱利用し灰は畑に還元して微量要素の補給をして効率的な生産をしています。有機栽培を低コストで行い、エネルギーも含めた地域循環で最大限の利益を上げています。
 日本農業は大規模機械化と施設での効率生産という工業集約化に向かっています。
 しかし、今後は新たに知識集約化農業への転換が求められます。最新の知見や技術により地域の気候風土を最大限に生かし、農業機械の自動化やドローン、ICTを活用した最新の技術を取り込み、化学肥料や化学農薬の投入を減らし効率的な生産で収量を上げ、最大の利益を上げる持続可能な農業を目指していくことが望まれます。
 知識集約化農業では持続可能な農業生産と共に、農業副産物のバイオマスエネルギー利用や自然環境の保全、社会貢献(農福連携、教育)、平和貢献(国際貢献)など様々な農業の持つ可能性を開かせるものです。大潟村では環境創造型農業を更に進化させて知識集約化農業を確立し、大潟村未来宣言にある「先端産業としての農業の村」を目指していきたいと思います。
 平成30年からは生産調整の自主的取り組みが始まります。大潟村に適した米の生産に加えて高収益作物を組み合わせることが重要です。今までのカボチャやメロン、ニンニクなどの特産品も最新の知見での栽培方法の見直しや、新たなネギや玉ネギ、ハウスでの花や野菜の栽培なども知識集約化農業の視点で取り組み、最大の利益を上げられるようにします。
 更に、農業の6次産業化を推進し農産物の付加価値を高めて地域の総生産の最大化を図り、将来の日本の人口減少に備えて海外への輸出にも取り組み、持続可能な農業生産を目指していかなければなりません。そのためには県立大学等との連携を更に深めて参ります。
 大潟村から知識集約化農業を確立し、日本農業のモデルとなるよう取り組んで参ります。

これからの大潟村

 現在、村では先端農業への取り組み、国家戦略特区への農業関連の提案、海外への農産物輸出促進事業、農業副産物(もみ殻)を活用したバイオマス事業、「農福連携」事業(農業と福祉の連携強化)、「浦安こまち」圃場を中核とする都市と農村交流、市民農園、農業体験などの教育への活用と農業生産ばかりではなく、農業の多面的な活用を具体的に行うことを目指しています。
 本年は「総合村づくり計画」を策定することとなっており、前述の取り組みをしっかりと位置づけながら、今後の村づくりの指針を策定して参ります。
 また、近年注目されているのが地域のコミュニティです。地域コミュニティは単なるご近所付き合いから、防災や福祉、教育などの展開も期待されています。大潟村は、全国からの入植によって創られた村であり、地域コミュニティをゼロから創ってきた実績と歴史があります。しかし、近年はそうしたことも忘れ去られ、毎年行われる活動が煩わしくさえ思われる面も出てきました。計画策定過程において、もう一度地域コミュニティを見つめ直す機会にもしたいと思っております。
 八郎潟干拓によって全国からの入植で発展してきた村は、知識集約化農業によって今後も農業を基幹産業として全国のモデルとなるよう取り組みます。そして、開かれた村として寛容に人を受け入れ多様性を保ち、地域コミュニティが充実した住みよい村の発展を目指して行きます。また、今まで以上に周辺地域や県内の連携を図り、地域の発展に寄与できればと思います。
 今後とも、皆様のご指導ご鞭撻をよろしくお願い申し上げます。
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