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本県の起業の現状について

 わが国の開業率は欧米主要国と比べ大きく見劣りしている。政府が掲げる成長戦略「日本再興戦略」では、「開業率が廃業率を上回る状態にし、米国・英国レベルの開業率・廃業率10%台を目指す」ことを数値目標(KPI)として掲げ、様々な支援策を打ち出しているが、現状では依然として目標との乖離は大きい。本県の起業の現状は果たしてどうなのか、概説する。

1 開業率と廃業率

(1)一口に開業率、廃業率といっても、その統計データの取り方、算出方法には様々あり、定義も異なるため、一概に単純比較はできない。
(2)一般に、政府統計を用いて開廃業率を算出する方法として、次の3種類が挙げられるが、それぞれ一長一短があり定義も異なることから、中小企業庁が毎年発行している「中小企業白書」では、必要に応じ各統計を使い分け、分析を行っている。
①総務省「経済センサス」による算出
 わが国の事業所および企業を対象とする唯一の全数調査であるが、調査の間隔が2~5年と長く、毎年の補足が困難。
②厚生労働省「雇用保険事業年報」による算出
 毎年度の補足が可能であるが、対象が従業員を雇っている事業所に限定される。
③法務省「民事・訟務・人権統計年報」および国税庁「国税庁統計年報書」による算出
 毎年の補足が可能であるが、ペーパーカンパニーや休眠法人等が含まれる可能性があるほか、個人事業主の開廃業率が補足できない。
(3)開業率は、ある特定の期間において、「新規に開設された事業所(または企業)を年平均にならした数」を「期首において既に存在していた事業所数(または企業)」に対する割合として算出する。同様に廃業率は、「廃業となった事業所(または企業)を年平均にならした数」の割合として算出する。

2 わが国の開廃業率の推移

(1)わが国の開業率の推移を総務省「経済センサス」に基づいてみると、1980年代初頭までは6~7%台で推移していたものの、以降は概ね3~4%台に落ち込み、直近の2014年(平成26年)は再び6%台を回復している。
(2)同様に廃業率は、1990年代前半までは概ね3~4%台であったものが、以降は5~7%台へと高まっている。
(3)一般に開業率と廃業率には正の相関関係があり、開業率が高くなると廃業率も高まる傾向にあると言われているが、近年は廃業率が開業率を上回る逆転現象が起きている。

3 開業率の国際比較

 統計の取り方や算出方法が異なるため単純比較はできないものの、わが国の開廃業率は米国、英国、ドイツ、フランスと比較して、開業率、廃業率とも総じて低水準にある。特に英国やフランスの直近の開業率は12~14%台にあり、わが国の4~5%台とは大きな差異がある。

4 秋田県の開廃業率(全国および東北比較)

(1)本県の開業率を「地域経済分析システム(RESAS)」の「創業比率」から調べてみた。なお、RESASのデータは総務省「経済センサス」に基づき算出されているが、「廃業率」は示されていない。RESASによる本県の「創業比率」は、直近2012-2014年で4.62%。これは全国で45番目に低い比率である。本県より低いのは、山形県4.28%(46位)、和歌山県4.24%(47位)のみであった。
(2)これとは別に、厚生労働省「雇用保険事業年報」に基づき算出してみると、本県の開業率は2015年度2.8%で、全国最下位。同じく廃業率は3.5%で、こちらは全国平均をやや下回る(=良い)水準となっている。
(3)東京商工リサーチ秋田支店が公表した2016年の新設法人動向調査の結果をみても、新設法人率(2.5%)、人口一人当たりの新設法人比率(0.039%)のいずれも、秋田県は全国最低となっている。
(4)東北各県との開業率比較
①RESAS(2012-2014年)では、高い順に、宮城県8.20%、岩手県6.30%、福島県5.38%、青森県5.35%、本県4.62%、山形県4.28%の順となっている。
②厚生労働省「雇用保険事業年報」(2015年度)では、高い順に、宮城県5.3%、福島県5.3%、青森県3.6%、山形県3.4%、岩手県3.4%、本県2.8%の順。
③東京商工リサーチ「新設法人動向調査-新設法人率」(2016年)では、高い順に、宮城県4.6%、福島県3.7%、青森県3.3%、岩手県3.3%、山形県2.8%、本県2.5%。本県は、東北はもちろん全国でも最下位となっている。
(5)このように、統計データによって結果も異なるが、いずれの統計データによっても、本県の開業率が全国的に最低水準にあることは、ほぼ間違いない。

5 県内市町村別の開業率

 次に、RESAS(2012-2014年)で県内各市町村の開業率を比較してみたところ、秋田市6.59%、藤里町6.46%が突出して高く、以下大潟村5.72%、潟上市5.16%、大館市4.34%が続く。逆に開業率が低いのは、上小阿仁村1.31%、井川町2.31%、五城目町2.38%、羽後町2.49%、八郎潟町2.60%など。

6 開業率が低い要因

(1)一般に開業率が低い要因としては、起業にかかる環境等の外的要因と、就業者側の意識などの内的要因の両方があるものと考えられる。
(2)外的要因としては、
①新規事業が生まれにくい市場の成熟度
②人口減少にともなう労働力の不足やマーケットの縮小
③起業にかかる手続き面や、起業後の事業運営(財務・会計・金融など)にかかる諸手続き等の煩雑さ
④起業に対する社会的評価の低さ
⑤起業を支える個人投資家(エンジェル)の不足、資金調達の困難
⑥失敗した際の再チャレンジの困難(失敗に対し非寛容的な社会)
などが挙げられる。
(3)一方、内的要因としては、
①収入保証がないことに対する不安感
②医療保険や年金等の社会保障負担に対する不安感
③失敗を恐れるリスク回避志向や安定志向の強さ
④自己の能力に対する自信の欠如
などの心理要因が主に挙げられる。
(4)小中高生への「将来なりたい職業」アンケートの結果などを見ると、一般に年齢レベルが上がるにつれて現実的な回答が増えていき、起業家よりも公務員などの回答が上位に来る傾向が窺える。親が子に「将来就かせたい職業」でも、トップに来るのが公務員という状況では、起業を目指す意欲的な人材がなかなか増えていかないのも、ある意味当然と言える。

7 開業率引き上げのためには

(1)開業率を引き上げるために必要なことは、①将来の起業希望者を増やすことと、②その起業希望者の起業を支援し、起業を実現させること、に集約される。
(2)まず、起業希望者を増やすためには、起業意欲を高めるような周辺環境が必要だろう。チャレンジ精神を育むためには、親や教育機関等を含む意識改革が求められる。地域社会にも、新しいものを受け入れる寛容さと、失敗しても再チャレンジしやすい制度環境づくりが求められるだろう。一朝一夕に変えることは難しいが、周辺に起業の成功体験が集積されていけば、確実に起業希望者は増加していくものと思われる。
(3)次に、起業希望者の起業支援としては、資金面や、起業および起業後の事業運営(財務・会計・税務・金融など)にかかる専門的知識・スキルの提供、販路開拓などに対する支援や、相談できる仲間の存在が重要と思われる。
 わが国では欧米のようなエンジェルと呼ばれる個人投資家がほとんど存在せず、資金調達面がしばしば起業に際してのネックとなっていたが、近年ではクラウド・ファンディングなどの金融手法が広まり、資金調達手段は以前よりはるかに弾力化が進んでいる。
 起業手続きについても、制度改正や規制緩和による簡略化が進んでおり、株式会社に比べ設立費用が安く手続きも簡便な「合同会社」などの組織形態も創設されており、起業を支援する仕組みや制度は、着実に充実がはかられてきている。これら様々な分野の起業支援者のネットワークを構築できれば、起業希望者にとって心強い存在となることは間違いない。
(4)近年、特に発展の著しいネット・ビジネスは、リアル店舗を構える資金的リスクをともなわず、しかも県外や場合によっては海外などもマーケットとすることができるため、比較的起業しやすい分野と考えられる。
 このような形態のビジネスの場合、主業を別に持っている者がサイド・ビジネス的に起業するケースも想定されるが、多くの企業は副業禁止規定を設けている。本格的な脱サラ前に試行的に起業を試す機会を与え、起業を促進するためには、かかる副業禁止規定の弾力運用や緩和措置なども有効と思われる。

8 行政等による開業支援

(1)政府は、2013年6月に閣議決定したアベノミクスの成長戦略「日本再興戦略」において、開業率が廃業率を上回る状態にし、米国・英国レベルの開業率・廃業率10%台を目指すとの数値目標を掲げた。昨年の「日本再興戦略2016」でも、その目標を引き継ぎ、併せて「起業活動指数」(「起業家精神に関する調査」において、「起業者・起業予定者である」との回答を得た割合)を今後10年間で倍増させることや、ベンチャー企業へのベンチャーキャピタル投資額の対名目GDP比を2022年までに倍増とすることなどを目標として掲げ、実現のために、「創業支援事業認定制度」など「産業競争力強化法」に基づく創業支援(助成金の交付、借入保証制度の創設、専門家の紹介など)の推進に注力している。
(2)本県でも、公益財団法人あきた企業活性化センターや秋田商工会議所などが、起業支援の取組みを積極的に行っており、実際に利用した起業者からその有益性を高く評価されている。秋田市は、中心市街地での空き店舗活用出店支援の要件を緩和し、本年度既に12件採択した。

9 おわりに

(1)決して起業ばかりを偏重するものではないが、将来の就業において起業の割合を高めることは、地域経済や産業の新陳代謝を高め、より多くの雇用を生みだすことにつながる。この場合、単に起業率・開業率を引き上げるだけでは意味がなく、起業後の事業の継続性が重要であろう。数値目標を掲げ無理に開業率を高めても、長続きせず失敗する起業者を増やす(廃業率を高める)だけでは、逆効果になりかねない。
(2)そのためには、経営の3要素である「ヒト・モノ・カネ」が集まり易い環境を地域に整えることが重要となる。特に、取扱商品・サービスの専門性や独自性が高ければ、全国区あるいは海外も含め需要が創出され、求めて来秋する人口や機会が増える。それがまた新たな起業を生み、集積効果が上がればやがては県産業の構造改革にもつながり、経済活性化の好循環の仕組みができることになる。
(3)本県は、現在、上場企業数(県内に本社のある)も全国最低水準にあるが、過去にはTDK創業者の齋藤憲三氏や新潮社創設者の佐藤義亮氏など、後に全国区となった企業の創始者を輩出した例もある。本県で将来上場するような活力のある起業者が増えてくることを大いに期待したい。
(工藤 修)
あきた経済

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