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「TPP12」から「TPP11」に ~貿易摩擦とメガFTAの行方~

 2013年7月に日本が交渉に参加し、12か国で協議が進められた「TPP(環太平洋経済連携協定)12」は、2015年の大筋合意を経て2016年2月に12か国によって署名された。
 しかし、翌年2017年1月にアメリカ大統領に就任したトランプ氏は選挙公約どおりTPP離脱の大統領令に署名し、米国の離脱が決まった。これによって漂流の恐れが生じたが、日本が主導する形でアメリカを除く11か国による「TPP11」の合意にこぎつけ、本年3月に署名を終えた。今後11か国のうち6か国が国内承認手続きを終えると60日後に発効することとなる。
 また、この間、日本はオーストラリアとの経済連携協定(EPA)を2015年1月に発効させたほか、欧州連合(EU)とのEPA(以下、「日EU・EPA」という)についても昨年12月に交渉妥結し、本年7月の署名、来年3月のイギリスのEU離脱前の発効を目指している。
 本年1月にトランプ米国大統領は協定内容の見直しを前提としたTPP復帰に言及し、4月に復帰検討を指示したが真意は不明とされ、4月の日米首脳会議においても「TPPより2国間協定」の協議を進める意向を示した。
 また、トランプ米国大統領は、3月に自国の安全保障を理由に鉄鋼とアルミニウムの関税を引き上げ、異例の輸入制限を課す措置を発動した。さらに、中国の知的財産権の侵害を理由に中国製品に高関税を課す制裁措置を表明。中国も対抗策として報復案を公表した。経済制裁・貿易摩擦による世界経済への悪影響が懸念される状況にある。
 本稿では、「TPP11」と「日EU・EPA」による全国および秋田県の農林水産物の生産額への影響試算を紹介するとともに、メガFTA(自由貿易協定)における日本の役割について考察する。

1 TPP等を巡る経緯

2010年 3月 アメリカなど8か国が交渉開始
2013年 7月 日本が交渉参加、計12か国に
2015年 1月 日豪EPA発効
2015年10月 アメリカ・アトランタで大筋合意
2016年 2月 ニュージーランドでTPP署名
2016年12月 日本、TPP承認・関連法案成立
2017年 1月 アメリカ、TPP離脱大統領令署名
2017年 3月 11か国初の閣僚会合
2017年 7月 日EU・EPA大筋合意
2017年11月 「TPP11」大筋合意
2018年 3月 「TPP11」署名
2018年 4月 トランプ米大統領、TPP復帰検討指示

(1) 「TPP12(以下、「オリジナル版」という)」は、2010年に米国やオーストラリアなど8か国で交渉が開始され、日本が交渉に参加した2013年7月から2年7か月かけて、ようやく12か国で合意に達し2016年2月に署名に至ったもので、約1千項目にわたる合意内容はガラス細工とも呼ばれる。
TPP12の参加国は次のとおり。
[TPP12参加国]
アメリカ、オーストラリア、ブルネイ、カナダ、チリ、マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、ペルー、シンガポール、ベトナム、日本

(2) しかし、翌年2017年1月にアメリカ大統領に就任したトランプ氏は選挙公約どおりTPP離脱の大統領令に署名し、これまで協議を主導してきたアメリカの離脱が決まった。
 これによって、TPP漂流の恐れが生じたが、日本が主導する形で米国を除く11か国による「TPP11」の合意にこぎつけ、本年3月に署名を終えた。今後11か国のうち6か国が国内承認手続きを終えると60日後に発効することとなる。
 なお、「TPP11」は、オリジナル版で合意した約1千項目のうち22項目を凍結して合意に達したものである。
 最後まで紛糾した次の2項目は協定外の約束として個別に結ぶことで決着した。
①カナダの自国産コンテンツに対する優遇政策を一部容認する「文化例外」
②ベトナムの労働組合の自由な設立などを認める労働法制整備の要請

(3) この間、日本は2007年から7年に及んだ交渉の末オーストラリアとのEPA(以下、「日豪EPA」という)を2015年1月に発効させたほか、同じく2013年から交渉を進めてきた「日EU・EPA」も妥結に至り、来年の発効に向けて国内承認手続きに入った。
a 日豪EPAは、オーストラリアがすでに米国とASEAN(東南アジア諸国連合)との自由貿易協定を発効させていたほか、韓国との自由貿易協定も妥結していた背景がある。これらの国とオーストラリア国内で対等の競争条件を確保するためであった。
b また、日EU・EPAは当初2015年中の大筋合意を目指したが、農産物や自動車の関税などを巡る調整が難航し先延ばしされてきたが、2017年に交渉が加速し、一気に妥結に達した。その背景には、アメリカのトランプ大統領のTPP離脱等による自由貿易の後退懸念に対して、自由貿易の求心力につなげるという狙いから双方の機運が高まったことがある。

(注)FTA(自由貿易協定)とEPA(経済連携協定)の違い
FTA:物品の関税やサービス貿易の障壁等を削減・撤廃することを目的とする協定
EPA:貿易の自由化に加え、投資、人の移動、知的財産の保護や競争政策におけるルール作り、様々な分野での協力の要素等を含む、幅広い経済関係の強化を目的とする協定

2 「TPP11」および「日EU・EPA」の経済効果分析
   (2017.12.21内閣官房TPP等政府対策本部)

 TPP11と日EU・EPAについて、それぞれが無い場合に比べての実質GDPの押し上げ効果が次のとおり試算されている。

<TPP11および日EU・EPAの経済効果>
 実質GDP:
  TPP11…1.49%、
  日EU・EPA…0.99%
 2016年度対比:
  TPP11… 約7.8兆円、
  日EU・EPA…約5.2兆円

3 「TPP11」および「日EU・EPA」の農林水産物の生産額への影響試算

(1)  農林水産省が昨年12月「TPP11」と「日EU・EPA」の農林水産物の生産額への影響額を公表した。また、農林水産省の試算方法に基づいた本県への影響額も県より発表された。

(2)  「TPP11」による影響
 「TPP11」の影響額は、オリジナル版と比べると、全国ベースでは減額となるものの、秋田県分は「約33.5億円~約38.3億円」とオリジナル版(約33.0億円~約40.3億円)とほぼ同額と試算されている。これは、農産物はやや減額となるものの、本県のウエイトが高い合板及び集成材の競合度合いが高まると見込まれるためである。

(3)  「日EU・EPA」による影響
 全国ベースではTPPオリジナル版の約半額と試算されているが、秋田県は「約20.7億円~約41.3億円」とTPP11より影響が大きくなることも試算されている。これは、製材のほか林産物で本県のシェアが高い合板と集成材について、欧州材との競合がTPP11より強く見込まれることも考えられることから、影響額の幅が広いことによる。

4 アメリカ・中国の経済制裁

(1) アメリカは、本年1月に関税上乗せを決めた太陽光パネルに続いて、3月に国家安全保障を理由に、通商拡大法232条により、鉄鋼とアルミニウムの輸入品に対する追加関税を発動した(鉄鋼は25%、アルミニウムは10%)。中国などの不当廉売で国内供給力が落ち、兵器製造や防衛技術の維持が難しくなる、兵器に使われる鉄鋼やアルミニウムの供給を海外からの輸入に頼っていては国家安全保障上万全とは言えないとの理由である。
 ただし、欧州連合(EU)や韓国など7か国・地域への関税は4月末まで猶予された。このうち、鉄鋼の輸出を7割に抑える数量規制を受け入れた韓国は適用除外としたほか、オーストラリア、ブラジル、アルゼンチンの3か国は4月中に交渉が合意に達したため関税を課さないこととなり、残るEUとカナダ、メキシコについては、適用猶予を5月末まで延ばして交渉を継続することとなった。
 なお、この関税の発動を猶予した7か国・地域はアメリカの鉄鋼輸入全体の6割強を占める。「安全保障のための輸入制限」という理由との整合性も疑問視される。

(2) これに対し、中国は直ちに一部アメリカ製品に高関税を課す報復措置を公表した。
 アメリカ産ワインや果物、一部鋼管製品など120品目に15%、豚肉など8品目に25%の関税を課す内容である。その報復関税の総額は約6.5億ドルになり、アメリカが中国の鉄鋼・アルミニウムにかけた関税額とほぼ等しいといわれる。

(3) さらに、アメリカは4月3日、アメリカ企業が保有する知的財産権を中国が侵害したとして、中国からの輸入品500億ドル相当に25%の関税を課す政策について、対象品目の原案を明らかにした。中国政府が2015年から進めている製造業を高度化する政策「中国製造2025」で中国がターゲットとする航空・宇宙分野、IT(情報技術)、機械などが対象となっている。ただし、発動は6月以降に先送りしている。
 なお、アメリカ政権は、「中国の知的財産権侵害の4つの手口」(①外資規制で技術移転を強制、②技術移転契約でアメリカ企業に対する差別的な扱い、③先端技術を持つアメリカ企業の買収、④アメリカ企業に対するサイバー攻撃)により、年間500億ドルの損失を被ったと主張しているもの。

(4) これに対しても、中国は、報復として航空機や大豆などアメリカからの輸入品500億ドル相当に同様に25%の関税を課すと発表した。
 このうち、アメリカの大豆生産の5割弱は輸出に振り向けられ、その6割は中国向けで、2016年の中国向けの大豆輸出額は1兆5,000億円強にのぼる。
 ただし、(3)の制裁案と同様、この報復案もまだ発動されていない。(5月2日現在)
 アメリカ・中国の追加関税の主な品目は次のとおりである。双方とも対象品目は500億ドル相当で25%の関税を予定している。

<アメリカによる対象品目>
航空機、自動車、バス、通信衛星、産業用ロボット、半導体、発光ダイオード、家庭用食器洗い機、ワクチン ~ 約1300品目

<中国による対象品目>
大豆、トウモロコシ、小麦、牛肉、ウイスキー、たばこ、自動車、プラスチック製品、航空機、~ 106品目

5 メガFTA

 TPP、日EU・EPAのほか、現在、ASEAN(東南アジア諸国連合)10か国+日本・中国・韓国・インド・オーストラリア・ニュージーランドの16か国による「RCEP(アールセップ=東アジア地域包括的経済連携)」の交渉も2013年から進められている。ただし、多国間貿易協定を巡る思惑の違いがASEAN内でも生じ、妥結のメドは立っていない。
 「TPP(12・11)」、「日EU・EPA」および「RCEP」の人口、GDPおよび貿易規模は下記のとおりであり、その規模からメガFTAと呼ばれるものである。

<メガFTAの人口、GDP、貿易規模>(2016年)(貿易は輸出入計)
TPP11:人口6.7%、GDP13.6%、貿易15.2%
TPP12:人口11.0%、GDP38.2%、貿易26.7%
日EU・EPA:人口8.6%、GDP28.4%、貿易37.3%
RCEP:人口47.6%、GDP、貿易31.6% 29.1%(資料:IMF)

6 日米通商問題

 4月18日の日米首脳会談で、トランプ米国大統領は「巨大な対日貿易赤字を均等にしたい」と、貿易不均衡の是正をあらためて訴えた。(日本の2017年の対米貿易黒字は約7.3兆円で中国、メキシコに次いで3番目に多い。)
 通商交渉については「2国間協議の方が効果的だ」、「TPPには戻らない」と発言、日米2国間のFTAに意欲を示した。
 2国間協議となった場合、日本は農業分野などでTPPよりさらに大きな譲歩を迫られるリスクがある。なお、首脳会談で合意した新たに始まる2国間通商協議について、日本は「農産品に関してはTPPで合意したものが最大限」とアメリカに伝えている。TPPに戻ることがアメリカの農業の利益となることなど、自由貿易の重要性を粘り強く説いていくことが求められる。

7 さいごに

(1) 世界貿易は復調基調にあり、2017年の貿易量は前年比4.7%増と6年ぶりの大きさとなり、貿易額も輸出額(17兆1,980億ドル、約1,840兆円)、輸入額(17兆5,720億ドル、約1,880兆円)とも11%増であった。
 アメリカの2017年の対中国の貿易赤字は約40兆円にのぼり、貿易赤字=敗北というトランプ大統領の考え方により、制裁措置が採られたものであるが、前述大豆の例のように、アメリカ・中国はこれまで経済相互依存を深めた関係にあり、報復合戦が長引くと両国の景気をむしばむだけでなく、世界経済への影響は計り知れないものとなる。

(2) グローバリゼーションの進展によって、工業製品は生産地や仕向地が入り組んだサプライチェーン(供給網)が構築されている。当然自国内で生産できない(高品質などの)原材料もあり、それらにも高関税を課すことは自国企業の収益を圧迫することとなるように、貿易戦争は百害あって一利なし、勝者はいない、ともいわれる。

(3) 「TPP11」にはタイ、インドネシア、フィリピンなども参加を希望しているといわれる。
自由貿易拡大のために進められてきたメガFTAの多くに関係する日本の役割は、大きいといえる。
 TPP参加国の増加、「日EU・EPA」の早期発効、「RCEP」交渉の早期大筋合意など、日本が主導権を発揮することが期待される。

(4) 「TPP11」が発効すると、モノの貿易にかかる関税が大幅に下がり、日本にとって工業品輸出に追い風となる。また、企業の海外展開もしやすくなる。
日本が高い関税をかけてきた海外農産品値下がりが見込めるが、国内の農家は厳しい競争にさらされることとなる。
国内マーケットが細る中、市場開放に踏み切ることになる国内農業の強化が一層急務となった。
秋田県においても、農業の競争力強化のため、現在推し進めているコメ依存からの脱却、複合経営の拡大、担い手の確保を加速させたい。
(松渕 秀和)
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