機関誌「あきた経済」
次世代技術による秋田県の産業振興計画
技術分野においても、最近は韓国、台湾ほかアジア諸国の台頭が進む一方で、日本の競争力に翳りの色が濃くなっている。わが国産業界は、次世代技術の研究開発力を武器にグローバル競争の波に改めて立ち向かう構えだが、折しも秋田県も「ふるさと秋田元気創造プラン」を策定し、新エネルギーや環境・リサイクル関連など次世代技術を核とした「新たな戦略産業を創出する」計画を明らかにした。この分野は、将来的に高い成長が見込まれるだけに国内外に参入構想が絶えず、また克服すべき課題も多いのが実情だが、本県産業の特性や強みを活かす形での事業推進に期待が集まっている。
1 低下する日本の競争力
わが国の国際競争力低下が指摘されだして、やや久しい。スイスの有力研究機関「IMD(※1)」が先頃発表した2010年の日本の順位は、前年(17位)よりさらに急落して中国や韓国、台湾をも下回る27位であった。同機関が調査を始めた1989年以降しばらく首位の座にあったことを思うと、この間の凋落ぶりにはまさに悄然とせざるを得ない。
その要因には、成長率や投資の低迷等「経済状況」部門の後退が大きく挙げられているが、もっと直截的にいえば、エレクトロニクス業界のかつて放っていた光彩が薄れつつある例が示すように、やはり「産業競争力が相対的に低下している」ことに尽きると思われる。わが国は、従来からのライバルである先進国ばかりでなく、今や韓国、台湾、マレーシア等から技術面で激しい追い上げを受け、さらに、安い労働コストや優秀な人材を武器に世界市場に参入し始めた中国、インド等新興諸国との厳しい競争にも晒されている。
こうしたグローバル競争の中でわが国産業が生き残り、かつ将来に新たな展望を開いていくには、最早従来の工業生産スタイルに多くを頼っていられないことは明らかである。現在においてもなお相応の比較優位を保つ「研究開発力」をベースに、科学技術による新たな付加価値、独創的な製品やサービス等を不断に創出する一レベル上の産業形態へ脱皮を図るなど、他とは質的に異なる競争力の培養を急ぐ以外に、有効な手立てはないように思われる。
(※1)国際経営開発研究所(スイスに本部を置く調査研究機関)。毎年発表するランキングは各国の競争力を較べる指標にされることが多い。
2 県内企業の課題
そうした事情は、秋田県の産業についてもまったく同様である。本県の製造品出荷額の構成は、上位から電子部品・デバイス(38.8%)、一般機械(7.3%)、食料品(5.8%)等となっているが、これらは何れも周辺アジア諸国の進出が目覚しい業種である。加えて、低い生産コストや技術水準の上昇、このところの円高傾向等から、最近はこうした国々に対する日本企業の生産シフトも進み、大手メーカーの国内生産規模が徐々に縮小する趨勢にある。その結果、本県に多い下請型企業の受注環境は次第に厳しさが増し、今では本県産業の競合相手の多くはこれらの海外諸国、という様相にさえなっている。
従って、今後は県内企業も例え地方の小規模先といえども国際的座標軸上に自らのポジションを模索せざるを得ず、多かれ少なかれ技術革新への取組により、グローバル化の奔流の中に今後の進路を切り拓く必要に迫られているのが実情である。
3 今後は何で稼ぐか
(1)国の計画
以上のような背景から、近年は国も秋田県も、ともに「技術立国」、「技術立県」を機軸に据えた新たな成長戦略作りに努めてきた経緯にある。
その結果、まず国レベルでは経産省が「我々はこれから何で稼ぎ、何で雇用するか」という副題を付した「産業構造ビジョン2010」をまとめ、それを下敷きに、本年6月には政府が「新成長戦略~元気な日本復活のシナリオ~」を閣議決定した。その中では、今後の戦略の柱を
① 環境・エネルギー
② 健康(医療・介護)
③ アジア
④ 観光立国・地域活性化
⑤ 科学・技術・情報通信
⑥ 雇用・人材
⑦ 金融
の7分野に定め、特に最初の2つを「グリーンイノベーション」、「ライフイノベーション」として技術革新推進の新たなターゲット領域にしている。
なお、新成長戦略のうち技術面に係る項目の主なものには、次のような例がある。
(日本の新成長戦略のうち技術面にかかわる主な項目の例)
<戦略分野> | <主な計画項目> |
環境・エネルギー | 次世代自動車、エコ住宅、省エネ家電、LED照明等の普及拡大再生可能エネルギー(太陽光、風力、中小水力、地熱、バイオマス等)普及拡大日本型スマートグリッドの導入 |
健康(医療・介護) | 新薬、再生医療等の先端医療技術、遠隔医療システム開発医療、介護ロボット等の研究開発及び実用化バリアフリー化された住宅の取得や賃貸住宅の供給促進 |
科学・技術・情報通信 | 「リーディング大学院」構想等による国際競争力強化と人材育成世界的な産学官集中連携拠点を形成(つくばナノテクアリーナ等) 研究開発投資促進に向けた民間研究開発投資への税制優遇措置国民ID制度の検討、電子行政の実現、全世帯のブロードバンド化 |
(2)秋田県の計画
本県においても、この3月に「ふるさと秋田元気創造プラン」をまとめ、その中で、次世代技術を核とする諸事業を、新たな産業振興戦略として推進する方針を明らかにした。
①新エネルギー関連産業の創出
②次世代自動車・航空機産業へ参入促進
③電子部品・デバイス産業付加価値倍増
④環境・リサイクル産業の拠点化
⑤環日本海の経済交流の拡大
秋田県産業の強みとなる研究開発資源には、改めて言うまでもなく、電子部品・デバイス産業の集積が東北一進んでいることや、鉱物処理技術を活用した金属リサイクル事業が技術的に世界レベルにあること、等がまず挙げられるが、その他にも、近年では医療・医薬品分野の企業立地が進んでいること、ナノ・テクノロジーや環境、新エネルギーの研究・開発が進展していること等、多彩な分野に範囲が広がりつつある。
また、高い集積の電子部品・デバイス産業を支えるに足る材料と加工等の周辺技術を蓄積していることも特長の一つであり、従来型の基盤技術分野ながら、例えば金型やプラスチック成形、メッキ、ガラス加工、セラミック加工、溶接その他に、優れた技術を持つ企業も多い。
他方、地熱や風力など自然エネルギーが豊富なことや、アジア大陸に近い場所に位置して環日本海貿易推進面で有利なこと、等の恵まれた自然条件、立地条件も兼ね備えており、「元気創造プラン」で唱える新戦略産業の創出は、もとよりこれらの特長を踏まえたうえで、本県の新たな経済振興策の柱の一つとして立案されたものである。
(新たな戦略産業創出に向けた秋田県の取組計画)
1 新エネルギー関連産業の創出
・ 太陽光、風力、小水力、地熱、バイオマスなど新エネルギーの導入促進と関連産業創出
・ スマートグリッド技術の確立
2 次世代自動車・航空機産業への参入促進
・ 次世代自動車関連技術に係る研究開発促進
・ 輸送機コンソーシアム支援や県内企業の技術開発力強化等
・ 医工連携による医療機器関連産業の育成
3 電子部品・デバイス産業の付加価値倍増
・ パワーエレクトロニクス分野への参入促進
4 環境・リサイクル産業の拠点化
・ レアメタルの回収技術向上
・ リサイクルネットワーク構築や関連産業育成
5 環日本海の経済交流の拡大
・ 環日本海貿易やビジネス交流の拡大
・ シーアンドレール構想の推進
資料:秋田県「ふるさと秋田元気創造プラン」
(秋田県の強みとなる研究開発資源)
大学等高等教育機関・公設試験研究機関がもつ研究開発資源
・ 鉱山技術等を背景にした環境・資源リサイクル技術
・ 精密位置決め制御技術、精密磁気計測技術
・ 資源戦略型材料技術
・ 微細加工技術、ナノインプリント技術等、ナノものづくり技術
・ 機能性食品・化粧品素材創製技術
・ 県由来の微生物による効率的なバイオエタノール製造技術
・ 新たな木造構法等の木材高度加工技術 等
自然環境等を背景とした豊富な資源
・ 安全・安心かつ豊富な農林水産物
・ 優れた特性をもつ微生物等の生物資源 等
民間企業の持つ技術力等を背景とした研究開発資源等
・ 県北部エコタウンを中心とした優れた環境・資源リサイクル技術
・ 輸送機(航空機・自動車等)産業参入への積極的な取組み
・ 伝統的に受け継がれてきた醸造・発酵技術
・ 電子部品・デバイス関連の企業集積や技術の蓄積 等
資料:秋田県「秋田県科学技術基本構想第3期実施計画」
4 事業推進上の留意点
(1)留意すべき点
そうした意味で、これらは極めて時宜を得た計画といえる。しかも、その実現に向けては、各種研究会立ち上げやコンソーシアムの組成等、行政や産業界、大学・研究機関など多方面で具体的な取組が既に進められており、県民の希望を将来へ繋ぐ確かなビジョンと期待される。
ただし、その一方で、これら次世代技術に係る分野は研究開発段階のものも多く、現状、必ずしも総てが近い将来、事業化に手の届く素材ばかりではないことにも留意が必要であろう。
因みに(本誌「あきた経済10月号」に掲載、参照乞う)は、次世代技術をめぐって考えられる秋田県のアドバンテージと課題等を、拾い上げてみたものである。全体の印象とすれば、本県は環境条件や素材に恵まれて高いポテンシャルを擁する一方、産業化の実現となると克服すべき課題も多そうだ。
例えば太陽光その他の新エネルギー関連にしても、発電コストが現行方式に比べて相当に高く、政府支援や補助金なしでは容易に普及が進みにくいという点で、一般実用レベルとは言い難い面がある。
実際、これら再生可能エネルギーへの移行促進を強く謳ったオバマ大統領のグリーン・ニューディール政策も、最近は理念に走りすぎた計画であったとして米国内では徐々にトーンダウンし、スマートグリッド計画(※2)を含め、実運用に適う地道なものに引き戻されそうな雲行きである。
(※2)電力の流れを供給側と需要側の両方からIT等で制御し、最適化できる次世代伝送網
このように、次世代技術のジャンルには、ムードが多少先行したような項目もみられる。従って、他地域に先駆け新たな成長分野へ踏み出すにしても、開発投資余力が必ずしも十分とはいえない本県では、まず事業化の可能性を冷静に吟味し、環境リサイクル関連のように確かな技術基盤のもと地域の特性を発揮できる産業として果敢に挑むべき分野と、研究開発やモデル事業レベルの着実な前進を図る分野とを分けて考える等、取組にメリハリをつけることが第1に求められる留意点であろう。
次に、例えば次世代自動車や航空機産業への進出は、本県のみならず全国各地域とも一様に画策しているプランであり、過去の経緯から関連産業の集積が乏しい本県は、この分野で他先進地域に較べ不利なスタート位置に立つことは否めない。従って、そのハンディを克服しなおかつこれらを新産業として育成・振興していくためには、中核企業を中心に地域企業が結集して「地域集団」として強い技術力・競争力を発揮できるようになることが、まず何より必要となろう。そのためにも、技術開発のターゲットとする範疇を絞り込み、秋田県にしかない技術集積、大企業ではできないようなユニークなモノづくり、等の事業形態を指向していく工夫が重要と思われる。
(2)パワー半導体とCFRP
そうした観点で、秋田県が今年度から中核企業育成支援事業に乗り出し、また特にパワー半導体(※3)やCFRP(※4)等を重点技術として、産業界、研究機関等とともに開発を進める計画としていることは、大いに評価したい。
(※3)電源(電力)の制御やスイッチオン、オフの役目などを果たす半導体で、大きな電流、電力を扱うことが特徴。
(※4)自動車のボディーや航空機の機体の金属材料の代替となる、炭素繊維強化プラスチック。
因みに、次世代自動車の最大の特長は部品のエレクトロニクス化であり、開発のカギは軽量化、制御技術、高性能バッテリー等といわれる。具体的な例では、とりわけエネルギー効率を高める技術開発が急ぎ求められており、パワー半導体やCFRPは、この分野で極めて有望視されている。
また、パワー半導体は次世代自動車の他にも、家電や鉄道などさまざまな製品で電気を効率的に制御する役割を担っており、課題とされる電気の損失量削減で電力効率を大幅向上させられれば、有効な地球温暖化対策(※5)にも繋がる。
(※5)次世代型が様々な製品に普及すれば、2020年には原発数基分の電力を節約でき、CO2排出量を100万トン単位で削減できるという。
他方、CFRPは鉄に比べて強度は10倍、重さは4分の1の“夢の素材”といわれ、自動車ボディーのほか航空機の素材としても有望である。簡単な成形方法の開発やコスト低減が課題とされ、本県では県産業技術総合研究センターを主体に鋭意研究開発が進められている。
どちらも秋田県はわりと先進的な位置にあるといわれるが、ただし、この分野には本県のみならず他の地域も熱い視線を注いでおり、何れこれらに関しても平坦な道のりは望みにくい事情にある。
なお、自動車関連について一点付け加えると、新興国への生産シフトや電子化に伴う機械系部品の減少で、長期的には自動車部品の国内市場縮小は避けられない見通しだ。このため時流に敏な地域では、自動車部品への参入を画策しつつも、それ以外の事業分野開拓と並行の両面作戦を進めていると伝えられる。培っている技術の集積知を活かし、環境・エネルギー関連や医療機器、航空宇宙、ロボットなど他の成長分野への関与まで一気に深めようとするこうした商魂逞しい姿勢に対しては、それらと拮抗する位置にある本県も、対応が後手に回らぬよう心して臨む必要があろう。
5 最後に
新しい産業が勃興する際には、様々な新技術が必要とされる。卓越した基盤技術を持ちながらも、長い期間雌伏を余儀なくされてきた本県企業にとっては、このような時こそ大いに挑戦できる好機となるに違いない。
また、これまでと多少色合いの異なる話となるが、本県は日本を代表する高齢化先進県であり、これも扱い方によっては「強み」の一つに転換し得る条件かと思われる。2010年版「通商白書」によると、アジアの生産年齢人口比率(15~64歳の人口の比率)は2015年をピークに減少に転じ、以後、日本以上の速度で高齢化が進んで、2035年にはアジア全体が高齢社会に突入すると予測されている。となれば、遠からず巨大な高齢者市場が周辺に出現し始め、医療・介護・健康関連サービスへの需要が飛躍的に増えるなど、シルバー産業に大発展のチャンスが訪れる。秋田県の強みや特色を活かす産業振興の工夫ということでは、全国屈指の高齢化県としての経験と知恵を、こうした時代が傾斜する分野に活かす余地も、大いにあるのではなかろうか。
何れにしても、次世代技術を核とする「新しい戦略産業の創出」計画に寄せる県民の期待は大きい。独自性を保てる部門に照準を合わせるとともに、その方向に限られた力を最大限有効に働かせる体制を作りあげることで、本計画が真に秋田県の未来を拓く跳躍台となるよう多くが願っている。
(高橋 正毅)