機関誌「あきた経済」
自由貿易協定・経済連携協定について-GATTからWTO・FTA・EPA・TPPまで-
環太平洋経済連携協定-TPP-。菅首相が昨年10月1日の所信表明演説で、このTPPへの交渉参加を検討すると発言して以来、TPPについて賛成、反対の激しい論争が展開されている。各府省による、参加した場合と参加しない場合の効果と影響の試算が、整合性がないままバラバラに公表されたままとなっており、余計混迷をもたらしている状況にある。
昨年11月には「TPPについて関係国との協議を開始する」基本方針が閣議決定され、今年の年頭所感と続く記者会見で、菅首相は、「TPPへの交渉参加について農業改革の基本方針をまとめる6月ごろまで最終判断を示す」という考えを表明した。
TPPは、経済連携協定(EPA)の1つであるが、GATT(関税および貿易に関する一般協定)を源流とする自由貿易協定(FTA)と経済連携協定のこれまでの世界と日本の取組みと現状を紹介するとともに、TPP参加のための問題点・課題をとりまとめてみた。
1 自由貿易・経済連携協定の概要・枠組み
自由貿易および経済連携協定の概要と枠組みは別添のとおりである。
TPPは、「環太平洋戦略的経済連携協定」というEPA(経済連携協定)の1つであるが、FTA(貿易自由協定)がほぼ関税に特化した協定を目指すのに対して、EPAは関税以外の貿易にかかる障壁を含む広範囲な協定ということになる。
TPPは、当初シンガポ-ル、ニュ-ジ-ランド、チリとブルネイの4か国(原加盟国という。)の間で、2006年5月に発効している。
これに、アメリカ、オ-ストラリア、ペル-、ベトナム、そしてマレ-シアの5か国が参加表明を行い、9か国が、関税も含めた24の広範囲な分野について、レベルの高い包括的な協定を結ぼうと、今年11月までの合意を目指して精力的に交渉を進めているといわれる。
2 TPP参加・不参加の影響試算
菅首相のTPPへの参加検討を受けて、府や省による「TPP参加・不参加による効果と影響」の試算が公表された。その試算結果を巡って議論が白熱し、収拾がつかない状況になっている観がある。
農林水産省、経済産業省および内閣府による「TPP参加・不参加による影響試算」の概要は別添のとおりとなっている。
農林水産省の試算によると、農産物の生産減少額は4兆1千億円、GDPも7兆9千億円減少し、340万人もの就業機会が減るという結果になっている。
また、食料自給率が現在でも低いと言われている40%がさらに14%まで下がる試算結果となり、農業が壊滅するだけでなく、食料危機も懸念されるという声があがっているものである。
なお、農林水産省の試算によると、米は、コシヒカリや有機米などといった差別化が可能な米を除いて、90%が外国産米に取って替わられることとなっている。また、小麦粉は99%、乳製品は100%、牛肉については生産量の約75%を占める肉質3等級以下の国産牛肉のほぼ全量、これらがすべて外国産に置き換わるというシナリオである。
しかし、現実問題として、国産米が取って替わられるとする90%分に相当する760万トンの主食用米を日本へ輸出できる国は世界中どこにもないという指摘もある。
一方、内閣府の試算によると、参加した場合は、GDPが2.4兆円~3.2兆円増え、逆に日本が不参加で、韓国が既に署名済みのアメリカとEUに加えて、中国とFTAを締結した場合は、GDPは6~7千億円減少するという結果になっている。
また、経済産業省の試算では、日本がTPPに不参加で、韓国が同じくアメリカ、EU、そして中国とFTAを締結した場合、自動車、電気電子、そして機械産業の3業種で、GDPが10.5兆円減少し、雇用も81.2万人減少するという結果になっている。
この試算結果を見ると、あまりにも隔たりが大きく、政府内で、参加するメリット・デメリット、参加しないメリット・デメリットを整理し、試算結果について整合性を持たせる必要があると思われる。
3 自由貿易・経済連携協定の歴史
突如湧き出てきた感のあるTPPという言葉であるが、GATT-関税と貿易に関する一般協定-に端を発した自由貿易、経済連携という歴史の流れから派生してきたものである。
GATTは、第二次世界大戦後まもない1948年に、ジュネ-ブで23か国が参加しスタ-トしている。 その背景には、1929年から1931年にかけて世界恐慌が起こり、それを受けて各国とも保護貿易主義に走り過ぎた結果、第二次世界大戦を招いたという反省がある。
その反省に立って自由貿易の推進、世界貿易の拡大を目的にしようとした国際協定がGATTであり、その基本原則は、①関税以外の輸出入障壁の廃止、②関税の軽減、③無差別待遇の確保、の3つである。ただし、現実的運用のため多くの例外規定も設けられていた。
都合8回の大規模な関税交渉で、加盟国間の関税率は大幅に引き下げられ、鉱工業製品については40%近い関税引下げの合意に達した。
この精神を受け継ぎ、1995年にGATTを発展的解消する形で設立されたのが、WTO-世界貿易機関-である。
GATTが協定というレベルであったが、WTOは機関であるということが大きな違いで、拘束力がより強くなっている。その基本原則も、①自由、②無差別、③多角的通商体制、の3つとなっている。
WTOには現在153か国が加盟しているが、設立後の新興国の目覚ましい台頭もあり、従来の先進国主導で物事を決めるという訳にいかなくなっている。
2001年から、ル-ルの強化や包括的な貿易の自由化の促進を目指して「ド-ハラウンド(多国間協議)」が開始されたが、特に農産物の関税率の削減をはじめとして、いろいろな分野で先進国と新興国との対立が解けず、交渉が難航し、2008年夏に協議が決裂、交渉が中断している。
ただし、来年、アメリカをはじめとした主要国の首脳が軒並み改選期を迎えるため、今年中に決着しなければこのド-ハラウンドそのものが消滅という危険性があるということで、日本など25か国は1月から非公式閣僚会合を開き、年内決着したいということで動き出している。
4 日本の対応と現状
日本はWTO加盟国との貿易量が全体の貿易量の96%を占めている。
したがって、WTOの方で交渉が妥結すれば、一気に96%の貿易をカバ-する自由貿易協定ができあがることとなり、個別の国との細かい交渉も要らないこととなる。
日本はWTOを「国際社会」と見なし、多国間の意思決定を重んじ、WTOを優先したため、個別のFTAやEPAへの取り組みが遅れてしまったともいわれている。
これに対して、諸外国は、ド-ハラウンドが10年も停滞していることから、WTOに見切りをつけて、個別の連携・協定に向かったという経緯にある。
それから二国間の提携にとどまらず、もう少し対象国を広げた広域連携という形の連携も進めている。
EU(欧州連合、27か国)を代表に、北米自由貿易協定、湾岸協力会議、南米南部共同市場、ASEAN自由貿易地域、等、世界各地域で広域経済連携協定も締結されている。
その中で、TPP全加盟国を含んだ太平洋を囲む全ての国で、広域な自由貿易圏を作るという「アジア太平洋自由貿易圏」(FTAAP)構想がある。
ただし、この構想も参加対象国が21か国とあまりにも多いため、合意できそうな国の間でとりあえず始めるという形で進められたのがTPPである。
なお、TPPは、前述のとおり今年11月の合意を目指して、現在精力的に協議が行われており、6月とされる日本のTPP参加の最終判断が「参加」ということになった場合、その時点からこの協議に入れるのか、日本の要望が反映できるのか、危惧されるところである。
それでは、WTOを優先したため、個別の自由貿易や経済連携に乗り遅れたといわれる日本であるが、FTA等の締結・交渉状況は、別添のとおりである。
左側の方が締結、または合意済みの国、右側が、日本の貿易総額に占める割合が高いものの、まだFTA等を締結していない国のリストである。
なお、TPP9か国のうち、日本は既に6か国とはFTAを締結済みであるが、残っている3か国には、9か国の中でも貿易量の多いアメリカとオ-ストラリアが含まれている。(オ-ストラリアとは2007年より個別にFTAを交渉中。昨年4月に農畜産品の扱いを巡って衝突し中断。今年2月より再開。)
シンガポ-ル以下、日本がFTAを締結、もしくは合意済みの国・地域は、中国・韓国を上回る13国・地域である。
ただし、貿易総額に占める割合と順番を見ると、ASEANを除く締結・合意済みの12か国のうち、タイの3.37%が最も高い割合で(順位は6番目)であるが、貿易量上位10番目までに入っている国は、タイとインドネシアの2か国だけで、中国など残りの8か国とは未締結である。
5 中国・韓国の取組状況
隣国である中国と韓国のFTAへの取組状況は、それぞれ次のとおりである。
(1) 中国
FTAを発効、もしくは合意済みの国・地域は8つの国・地域である。
その中で特に注目すべきは、いまだ政治的には対立している台湾と、ECFA(中国・台湾海峡両岸経済協力枠組み協定)という名称で、今年1月に協定を結んだことである。政治と経済は別ということで割り切り、825品目についての関税を引き下げることで、合意したものである。
(2) 韓国
FTAを締結済み、または合意済みの国・地域は7つと日本より少ないが、大国アメリカとEUという大規模広域連携との合意に達しており、今年中にも発効する見通しにあり、これが日本との戦略の違いといわれるポイントである。
実は、韓国も、1997年のアジア通貨危機以前は、WTOの下に確立された多角的貿易体制を支持し、FTAなどの地域経済統合には反対の立場を採っていた。
しかし、アジア通貨危機の影響で経済が不振を極めるなか、相対的に順調であった輸出により、かろうじて軟着陸することができ、貿易の重要性、「輸出で食べていくしかない」という、国民の危機認識が共有できたといわれる。
「輸出立国」という政府の方針の下、2003年にFTA推進のための「FTAロ-ドマップ」を策定し、交渉主体を外交通商部一本化するなど体制も整備し、強力に展開しているものである。
この結果、日本のFTA比率約17%に対して、韓国はアメリカ・EUとの発効後は約36%と、日本の2倍以上となる。
(注)FTA比率=FTA締結国との貿易額÷貿易総額
また、輸出依存度をみても、日本の15.3%に対して、韓国は43.7%と高くなっている。
(注)輸出依存度=(輸出総額+名目GDP)×100%
なお、法人の実効税率についても、日本の現行40%強に対し、韓国は既に24.2%と低い税率にし、自国企業の競争力向上を支えている。
経済産業省と内閣府の「日本がTPP不参加とした場合の影響」についても、いずれも韓国が、今後アメリカ・EUに加えて中国ともTPPを締結した場合として、韓国の製品との競争に劣後するという前提で試算されているものである。
韓国は、前述のとおり1997年のアジア通貨危機の苦い経験からFTAを強力に推進しているが、他の分野では譲歩しても、コメだけはすべてのFTAで「例外」扱いとして、対象から除外している。
また、FTA推進を国の基本方針と決定すると同時に、8兆3,300億円をつぎ込む「農業・農村総合対策」を策定し、さらにアメリカとのFTA実現のために補完対策を立て、2017年までさらに1兆4,280億円を投じることとした。
2つの対策に重なる部分があるが、10年で9兆円を超える費用を投入し、①被害補償(直接支払い、廃業支援など)、②国内農業の競争力強化(品質高級化、インフラ構築など)、③所得基盤の拡充(地域の産業育成、観光活性化など)、のための具体的施策を実施している。
ただし、韓国でもコメ余りに加えて、安い中国のコメの輸入が増えており、FTAの例外扱いだけでは稲作は守れないという実状にはあるといわれている。
6 「TPP参加の必要性アンケ-ト」
(帝国デ-タバンク調査)
このアンケ-トは、帝国デ-タバンクが昨年12月に行ったもので、有効回答企業の数は1万917社と、大がかりなものである。(東北の企業は668社、秋田県の企業は76社から回答)
アンケート結果によると、「日本にとって必要だと思う」と回答した企業の割合は全体で65%(県内企業53.9%)であるが、「自社の属する業界にとって必要だと思う」は38.3%(県内企業30.3%)と低くなっている。
また、「TPPに参加しなかった場合の景気に与える影響」については、「悪影響はない」の5.4%(県内3.9%)に対し、「悪影響がある」は72.4%(県内63.2%)と非常に高い割合となっている。
なお、「日本にとって必要だと思う」企業についても、また、「悪影響がある」とした企業についても、大企業と中小企業を比較すると、大企業より中小企業の割合が高いというのが特徴的である。
7 食料自給率
TPP参加の場合の影響について、農林水産省の試算のポイントの1つが、前述の「食料自給率」の急激な低下(40%→14%)である。
食料自給率40%を高めなければいけないという国の方針がある中での低下するという試算結果であり、TPP参加反対論が出てくるのも当然のことと思われる。
ただし、日本の食料自給率40%は供給熱量(カロリ-)ベ-スで計算されていることに対して異議を唱える意見もある。
すなわち、①「カロリ-ベ-ス」の自給率は日本だけが使い、諸外国の「カロリ-ベ-ス」の自給率もデ-タのある国についてのみ、農林水産省でわざわざ計算して比較していること、②外国で自給率の計算で一般的に使われている「生産額ベ-ス」の自給率は日本は70%と高いこと、③「カロリ-ベ-ス」の分母となる供給カロリ-には、食べ残しや飲食店やス-パ-などで廃棄された食料のカロリ-が含まれており、実際に国民が口にしたカロリ-でないこと、④畜産物について、国内の飼料を食べた家畜の分はカウントされるが、外国から輸入した飼料を食べて育った家畜は分母にも分子にもカウントされないということ、である。
そもそも日本の農業生産額(2008年)は8兆5千億円で、中国、アメリカ、インド、そしてブラジルという莫大な人口を抱える国に次いで世界第5位であり、農業大国といってもいい生産額である、低い「カロリ-ベ-ス」の自給率ばかり取り上げられ、世界第5位という生産額が取り上げられないことにも違和感を覚える、という声もある。
なお、秋田県の食料自給率(2010年)は、「カロリ-ベ-ス」では「176」と北海道に次いで全国2位と高いが、「生産額ベ-ス」では「136」と全国10位と低くなる。これは、秋田はカロリ-は高いが、価格が相対的に低い米の割合が高いことによるものである。逆に、青森県はカロリ-換算では低いものの販売単価が米より相対的に高いリンゴの生産が多いということから、「カロリ-ベ-ス」の「121」から「生産額ベ-ス」では「207」にハネあがる結果となっている。
8 さいごに
TPP参加の是非は、秋田県農業のみならず日本の農業の将来を左右する決断となろう。農業に限ってみると、TPPの参加国メンバ-(アメリカ・オ-ストラリア)との関係では、メリットどころか、大きな打撃を受けることは否定できない。
日本においても、1993年のコメ市場の一部開放を受け入れたウルグアイラウンド合意に際して、農業対策費としてその後の6年間で6兆1千億円を投入した。
しかし、資金の大半は、農業農村整備事業という名目で公共事業に使われ、結果として「農業の強化」や「農業構造の改革」にはつながらなかったという苦い過去がある。
生産調整のため40年間にわたり連綿と続けられてきた減反政策も、生産調整を上回るスピ-ドでコメの需要が減少し、今後も人口減少等により需要は増える見込みにはなく、価格の下落にも歯止めがかからない状況であり、行き詰まりといわれている。
これまで、強化より保護(特に高関税による)に重点を置いた政策の結果、強い農業どころか、「農業就業人口の減少」(20年前と比べて半減)、「高齢化」(平均年齢66歳)、「耕作放棄地の拡大(埼玉県の面積に相当する38.6ヘクタ-ルまで拡大)」等、農業は衰退の途を辿っているといわざるを得ない計数が並ぶ。
政府内に「食と農林漁業の再生本部推進本部」が設立され、再生に当たっての論点も絞られたが、農業保護については、先進国と同様の「関税による保護から財政による保護」に方向を転換していく必要がある。
TPP参加の是非検討が、農業を切り捨てるという発想ではなく、強化するためにという強い意思のもとに、韓国等外国のケ-スを参考にするなどして、日本の農業を再生させる農政の大転換の契機となり、農業が新たな成長産業に変貌する契機としたいものである。
いずれにしても、菅首相が「平成の開国」と呼ぶTPP問題であるが、明治維新、第二次世界大戦の戦後復興に続く「第三の開国」であるとすれば、TPP参加のメリット・デメリットの全貌について具体的な情報をもっと国民に分かりやすく説明することが求められる。
(松渕秀和)
※別添としたものを含む本稿の詳細は「あきた経済」(2011年3月号№382)に掲載しております。