機関誌「あきた経済」
県内縫製業の現状と課題
縫製業は、人件費の安い中国や東南アジアなどへの生産移転が進んだ結果、事業所数や製造品出荷額の減少が続いており、本県においても、全国の傾向と同様に減少の一途をたどっている。本県縫製業は小規模事業所が多く、下請けが主で、業況は発注先の動向に左右されやすい環境にあるが、こうした厳しい状況下でも秋田から優れた製品を世界に提供する企業への取材を通じて、県内縫製業が取り組むべき課題を探った。
1 全国の繊維工業の動向
全国の繊維工業(※)の事業所数は、減少傾向が続いている。平成21年は17,151か所で、10年前(11年38,124か所)と比較して55.0%減少し、半数以下となった。これにともなって、従業者数も同10年間で51.5%減少した。こうした現象は、多くの製造業が、日本に比べて人件費の安い中国や東南アジアなどに生産移転したり、現地法人を設立するなどした結果であり、労働集約型産業である繊維工業は、その影響を大きく受けたといえる。
製造品出荷額等(以下、出荷額)は、平成21年に3兆8,682億円となり、10年前(11 年7兆1,370億円)に比べて45.8%減少した。
(※)工業統計調査の産業分類改定に伴い、平成20年調査以降、旧分類の「繊維工業」と「衣服・その他の繊維製品製造業(以下、衣服製造業)」が統合され、「繊維工業」が新設された。このため、事業所数、従業者数、製造品出荷額等の時系列比較については、平成19年までは、旧分類の「繊維工業」と「衣服製造業」の合計値を、平成20年以降は新分類の「繊維工業」の数値を使い、比較を行った。また、本県においては、(旧)繊維工業が2%に満たないことから、(新)繊維工業を衣服製造業、いわゆる「縫製業」として分析を行った。
また、衣服縫製品の国産品販売額と輸入額の推移をみると、平成6年までは、国産品販売額が輸入額を上回っていたが、7年に逆転し、以降、その差は拡大している。これは、日本国内で企画・デザインを行った製品を、人件費の安い海外の生産拠点で製造し、再度日本に向けて逆輸入する形態が拡大・浸透しているためである。
平成21年の輸入相手国(輸入額による割合)についてみると、中国が82.9%と最も多く、以下ベトナム(4.1%)、イタリア(3.2%)、タイ(1.3%)と続いている。輸入額をみると、中国は18年の2兆2,570億円から、3年後の21年には1兆9,545億円へ13.4%減少したが、輸入割合が2位のベトナムは、746億円から970億円へ30.0%増加した。中国からの輸入額は減少傾向にある一方、ベトナムからの輸入額が増加傾向にあり、衣服縫製品の海外生産拠点は、中国中心からベトナムをはじめとする東南アジア地域に移りつつあることがうかがえる。
また近年、中国の人件費上昇から、縫製工程の国内回帰がおこり、出荷額が平成19年、20年と2年連続で前年を上回ったほか、20年には輸入額が減少に転じるなど、これまで厳しい状況が続いてきた国内縫製業にとって、明るい兆しも見え始めている。
2 本県の繊維工業の現状
本県製造業における繊維工業のシェア(平成21年)をみると、事業所数は17.5%(全国7.3%)、従業者数は13.4%(全国4.0%)で、雇用面での貢献が大きい。しかし全国同様、事業所数は減少傾向にあり、平成21年は379か所で、10年前(11年645か所)に比べて4割減少した。これにともなって従業者数も同10年間で17,115人から9,074人へ47.0%減少した。
かつて本県の繊維工業は、企業誘致により、事業所数の増加が続いていたが、近年は、平成9年に1件あったのみで、以降、全く誘致のない状態が続いている。
また、平成16年から18年までの2年間の衣服・その他の繊維製品製造業の新設、廃業状況についてみると、新設68か所、廃業105か所で、廃業が新設を大幅に上回っている。廃業事業所の内訳をみると、従業者10人未満の事業所が約半数を、30人未満では87%を占めており、小規模事業所の廃業が多いことが分かる。本県の繊維工業は小規模事業所が多く、下請けが主で、受け身の経営にならざるを得ず、受注が不安定になりやすいなどの問題点がある。10年以降は、親会社の倒産に連鎖を余儀なくされる企業が多くみられるなど、厳しい状況が続いている。
出荷額も減少の一途をたどっており、平成21年は415億円で、10年前(11年724億円)と比較して、42.7%減少した。
3 衣服縫製業の問題点と最近の動向
海外工場の縫製技術は向上してきているものの、本県を含む日本の縫製業は、デザインや縫製技術といった面において、他国に劣らぬ確かな技術が確立されており、Made In JAPAN製品への信頼は厚い。
しかし近年は、消費者の嗜好が多様化していることや、その流行サイクルが短いこと、さらには商品の低価格化や中古衣料品への注目度も高まるなど、製品のトレンドは目まぐるしく変化し、且つ複雑化している。そのため、多くの縫製工場が、より人件費の安い中国やベトナムなどアジア全域に生産を移転したが、最近では、海外工場の納期遅れの多発や季節ごとに変化する素材への対応力不足など、海外生産による問題点も明らかになりつつある。
4 ジーンズ製造の集積地
こうした生産の海外移転、低価格の波にのまれることなく、国内生産にこだわり、付加価値の高い製品を生産し続けてきたメーカーが、ジーンズ製造大手の「EDWIN」(東京都荒川区)である。
秋田県と青森県、宮城県(東北3県)には、EDWINのジーンズ製造に携わる自社工場が14か所、協力工場が4か所、洗い加工の工場が2か所、合計20か所の工場があり、全国屈指の集積地となっている。このうち、本県には自社工場が6か所、協力工場が2か所、洗い加工専門の工場が2か所あり、EDWIN製品全体の約4割を生産している。また、ジーンズ製造の最終工程である、洗い加工を行う株式会社ジーンズM.C.D(秋田市土崎)では、物流センターも所有しており、完成品を国内のみならず全世界に出荷している。
以下では、株式会社EDWIN商事専務取締役 小林道和氏から、秋田に集積する自社工場設立の経緯やMade In JAPANのモノづくりへのこだわり、そして県内縫製業が取り組むべき課題などについてうかがった。
(1)世界に誇れる秋田の技術
EDWINの自社工場第1号である秋田ホーセ(五城目町)の設立は今から38年前。当時、他メーカーは岡山、広島など中国・四国地方にジーンズ製造の集積があったが、同社は、作業の慣習など古いしがらみにとらわれず、先入観なく製品を作れると感じ、「秋田」の地を選んだ、という。
多くのメーカーが人件費の安い中国などのアジア圏に生産を移転し、安価なジーンズを生産、販売するなか、EDWINは頑固なまでに国内生産にこだわり続けて来た。秋田県と青森県に縫製・加工工程の集積があるように、日本には紡績、織ネーム、染色、そしてファスナーやボタンなどパーツ製造の産地が全国各地に存在する。Made In JAPANへのこだわりの背景には、日々変化する消費者ニーズへの対応力維持と日本の優れた技術を守り続け、地域の雇用を守る、という強い使命感が存在する。
このようなモノづくりに対する姿勢と独自の技術で生み出された製品への信頼は厚く、消費者の絶大な支持を受けている。
納得のいく一本を仕上げるために、糸、生地、縫製、洗い加工など、徹底的にこだわった製品は、トレーサビリティシステムによる追跡が可能であり、製造工程も厳しく管理されている。そのためEDWINでは、工場におけるハード・ソフト面の環境整備や他工場との連携には特に力を注いでいる。
デニム素材には様々なものがあり、また、季節ごとに素材も変化するため、都度、最適な加工法を採る必要がある。製造の過程において、絶えず細かい修正や改良を加えながら製品化に繋げることは、海外生産では不可能である。
これらの細かなニーズに対応するため、県内の各工場では、使用する機械や器具に常に改良を加えている。加工過程で使用するミシンや洗濯機などは、既成の機械をそのまま使っているものはなく、全てが作業工程に合せたオリジナルである。素材やデザインごとに細かな変更を設定できるよう、プログラムを組む段階から開発に携わっている工場もあるなど、随所にこだわりがうかがえる。
また、社員それぞれが、少なくても2~3工程で作業できるよう、1年から1年半かけて多能工となるための教育が行われている。
工程に合わせ独自に開発した機械と多能工の育成による柔軟な対応力、そして、その努力に裏打ちされた技術力の高さが、生産性の向上と世界に通じる製品づくりに繋がっている。
世界に誇れる技術を持つこれらの工場で、高い製造技術を守り続け、さらにその先を目指すために実施しているのが、月に1度の「工場長会議」である。20年以上続く工場同士の情報交換会は、各工場持ち回りで開催されている。各々の工場視察で、それぞれの細かな工夫や改善策が手に取るようにわかるといい、自分の工場が取り組むべき課題やその方向性を明らかにする場としても機能している。
これらの地道な取組みが奏功し、工場の生産能力は設立当時の約3.5倍に拡大した。
(2)秋田からの発信
東日本大震災後の電力不足で、注目度の高い「スーパークールビズ」。素材にバナナ繊維や竹をプラスし、涼しさを追求した『超軽涼ジーンズ』は業界でも注目度が高い。今夏発売され、品切れ状態の続くこの商品も本県で製造されている。
また昨年は、大潟村でノギャルプロジェクトによるコメ作りを行うモデルの藤田志穂さんとコラボレーションした「イケてる作業着」も県内工場で縫製、加工が行われた。ライフスタイルを形にした新しい製品のほか、農業県ならではといえる製品も秋田の地から提供されている。
こうした製品は、特殊素材の加工や短納期、小ロットへの対応力、手の込んだ加工に必要とされる高い技術力から生まれたものである。
小林専務は、「ただ人件費だけを見て海外に移転することは安易。だが、国内生産を続けて行くためにできる工夫はまだまだある。」という。
EDWINの自社工場および協力工場は、本社からの安定した受注が見込める恵まれた環境にあるものの、ただ受動的に受注をこなしているのではなく、工場自らがその工夫と努力で付加価値創造に参画している。
県内縫製業では、自社で製品の企画・開発に取り組む企業はそれ程多くない。今回取材したEDWINの自社工場および協力工場も、こうした機能は目立つものではないが、製品を形にするための柔軟な対応力は、人材育成や機械および作業工程における改善の積み重ねによって実現したものであり、これが世界に通じる競争力の源泉でもある。
5 まとめ
今回は、秋田から優れた製品を提供するEDWINの取組みから、付加価値創造と競争力の源泉を探った。
本県縫製業は小規模事業所が多く、下請けが主で、受注が不安定になりやすいなどの問題点がある。しかしこうした中でも、技術を磨き、対応力を上げることで、付加価値創造への参画が可能となる。その上で、デザインを含む製品の企画・開発に取り組むことによって、いずれは自立経営転換への可能性が広がり、海外への販路拡大にも繋がると考えられる。
国内生産を続けて行くためには、そして秋田で縫製業を続けて行くためには、常に改善の意識を持ち、そのスピードを決して緩めることなく付加価値創造へと向かう強い意志と努力が必要である。そしてこの部分に、今後の活路を開くカギがあるのではないかと感じた。これは、縫製業に限らず全ての業種に共通することであろう。
(佐藤 由深子)