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県内印刷業の現状と課題

 印刷業界は、長引く不況やIT化の進展により、低迷が続いている。全国の印刷工業組合を取りまとめる「全日本印刷工業組合連合会」では、平成16年に「業態変革推進プラン」、20年には「業態変革実践プラン」を策定している。業界ではこのプランに基づき、ワンストップサービスによる収益構造の改善や収益拡大に取り組み、昨年がその活動の最終年度であった。本稿では、印刷業界の現状を分析するとともに、業態変革への実践事例から県内印刷業が取り組むべき課題について探った。

1 はじめに

 印刷とは「版を媒介にして、文字や図などを紙等にインキで定着させ、複製物を高速大量に製造する行為」と定義され、印刷自体の商行為とそれに付帯する業種を総称して「印刷産業」と呼ぶ。総務省統計局統計センターによる「日本標準産業分類」(平成14年改定)では印刷産業は、製造業の「印刷・同関連産業」に組み入れられ、さらに「印刷業」「製版業」「製本業」「印刷物加工業」「印刷関連サービス業」に細分類化されている。
 日常生活の中には、新聞・雑誌、書籍、チラシ、郵便物、包装紙等、多種多様な印刷物が数限りなく存在し、印刷産業は生活文化や情報発信を支える重要な役割を果たしている。また最近は、インターネットのウェブサイトや電子書籍等、デジタルコンテンツの作成も行うなど、サービス産業としての側面も兼ねている。

2 全国の事業所数と出荷額の動向

 全国の印刷・同関連産業の事業所数は、減少傾向が続いている。平成22年は13,914か所で、産業分類改定後の時系列比較ができる14年と比べて5,579か所減少し、従業者数も同期間で67,999人減少した。かつて印刷産業は、景気変動の影響を受けにくく、安定した業種であるとされてきたが、近年は他産業の動向や国内経済の好不況に大きく左右されるようになった。また、印刷工程のデジタル化や印刷技術の革新など、印刷業界が抱える構造的な変化も減少の要因となっている。
 製造品出荷額等(以下、出荷額)は、平成22年は6兆446億円となり、14年に比べて1兆3,665億円減少した。出荷額のピークであったバブル全盛期の平成3年には約9兆円にまで達したが、長引く不況等が影響し20年間で約3兆円減少した。一方、1事業所当たりの出荷額は、リーマン・ショックが発生した平成20年を除くと18年以降は前年比増加傾向にある。22年は434百万円を計上し、14年対比では54百万円増加した。厳しい経営環境が続くなか、企業の統廃合や経営の合理化が進んだ結果、1事業所当たりの生産性が向上したものとみられる。

3 印刷物の種類と生産額の動向

 経済産業省による印刷統計では、印刷製品の類型として、商業印刷、出版印刷、包装印刷、事務用印刷、建装材印刷、証券印刷、その他印刷の7分野に分類される。
 平成23年の生産金額(※1)は、前年比3.6%減の3,839億円であった。印刷製品別の生産金額内訳では、商業印刷と出版印刷が全体の約6割を占めている。商業印刷は、ポスター、カタログ、チラシ、カレンダーなどの宣伝用印刷物が対象となるが、近年の不況の影響で企業の広告宣伝費・販売促進費が抑制されていることから、生産額は前年比8.2%減の1,230億円となり、4年連続で減少している。また、出版印刷は、書籍、雑誌など出版社などから発行される印刷物が対象となるが、インターネットの普及によりあらゆる情報がネットから入手可能になったため、雑誌市場を中心に発行部数の減少が続いている。こうした出版業界の低迷を背景に出版印刷の生産額も4年連続で減少し、前年比9.5%減の1,031億円となった。
 一方、包装印刷と建装材印刷は増加傾向にある。包装印刷は、食品などのパッケージ印刷物が対象で、生活必需品に関連する印刷物であるため比較的安定した需要があり、生産額は前年比9.6%増の729億円となった。また、建装材印刷は、建築材料などへの印刷が対象となる。全国の新設住宅着工件数が回復傾向にあることや、リフォーム市場が拡大していることなどから建装材や内装材への需要が高まっており、印刷技術を活かす新しい領域として伸びている。生産額は前年比2.2%増の144億円となり、2年連続で前年を上回った。
 印刷物の生産額の動向は、商業印刷や出版印刷などの情報系印刷物が低迷しているのに対し、包装印刷や建装材印刷などの生活系印刷物は比較的堅調に推移している。
※1 印刷統計は工業統計と指標が異なるため、生産金額と製造品出荷額等の金額は一致しない。

4 印刷業界の特徴

 印刷業界の特徴として、大手企業と中小・零細企業との格差が極めて大きいことが挙げられる。平成23年度の大日本印刷の売上高は1兆5,072億円、凸版印刷は1兆5,104億円と、共に売上高が1兆5,000億円台を超えている。売上高や企業規模の面で追随できる企業は他にはなく、印刷業界は大手二社による寡占状態となっている。一方、従業者規模別では、300人未満の事業所が全体の99.5%を占め、圧倒的に中小・零細企業の数が多い構図となっている。
 また印刷業は、発注先が大都市圏に集中する典型的な都市型産業であり、大都市圏と地方の格差も大きい。平成22年の都道府県別出荷額は、東京が1兆2,338億円、埼玉が8,043億円、大阪が5,122億円となっており、3都府県だけで全国の約4割を占める。首都圏の需要を求めて、地方の印刷会社が進出する動きがみられ、14年対比では東京が5.4ポイントシェアを落としているものの、出荷額の上位は大都市圏が占める状況に変わりがない。

5 県内印刷業の現状

 本県の印刷・同関連産業の推移についてみると、事業所数は全国と同様に減少傾向にある。平成22年は84か所で、14年と比較して39か所減少し、従業者数も同期間で518人減少した。特に、この間の平成18年には事業所数が前年比16.5%減(前年比19か所減)、従業者数も同12.4%減(同205人減)と大幅な減少となったが、この背景には「平成の大合併」がある。秋田県では平成11年度より市町村の財政基盤を強化する目的のもと、合併に向けた様々な施策が講じられ、平成16年11月の美郷町誕生を皮切りに、18年3月の八峰町誕生まで、15件の合併が行われた。これにより県内の市町村数は合併前の69から25となり、減少率は63.8%と全国でもトップクラスの減少率となった。本県をはじめとする地方の印刷業は、地元企業や官公庁との結びつきが強いため、主要な受注先であった市町村の減少は本県の印刷業に大きな影響を与えた。
 出荷額についても減少傾向に歯止めがかからない状況にある。平成22年は120億円となり、14年対比では30.8%減少した。また、1事業所当たりの出荷額については、142百万円と概ね横ばい推移となっているものの、全国(434百万円)を大きく下回っているほか、全国46位、東北では最下位という極めて低い現状にある。

6 県内印刷業が抱える課題

 市町村合併、人口減少、事業所数減少など、県内マーケットの縮小が進む状況下において、従来からの受注型営業スタイルでは同業他社との厳しい価格競争に巻き込まれ、採算悪化を招きかねない。このため印刷業は「受注型営業」から「提案型営業」への転換が必要であり、顧客への企画・提案からデザイン制作、印刷、加工、納品までを一貫して行うワンストップサービスを軸とした領域拡大が求められている。印刷を中心とした周辺領域の様々なサービスを取り込むことにより付加価値を高め、収益構造の改善と収益拡大を図ろうとするものであるが、県内ではこうした業態変革への取り組みが遅れている。
 企業の儲けの部分を示す付加価値額をみると、平成22年は63億円となった。14年対比では42.5%減少し、全国の減少率(25.5%減)を大きく上回っている。また、1事業所当たりの付加価値額については、全国が14年対比では4.4%増と改善しているのに対し、本県は15.8%減と悪化している。
 こうしたことから、本県の印刷業は価格以外での差別化が図れず、高付加価値化による収益構造の改善が進んでいないことが窺える。

7 業態変革への実践事例

 しかしながら、こうした印刷業界を取り巻く厳しい経営環境の下でも、価格競争からの脱却を図るため、本格的に業態変革に取り組んでいる企業がある。秋田市にある秋田印刷製本㈱は、昭和25年創業のビジネスフォーム印刷(OCR・OMR用紙、3つ折り圧着はがき、連続封筒等)を主力とする企業であるが、印刷業界では珍しい米の販売事業に取り組んでいる。
 同社は、平成19年に地元の小規模農家から米の販売相談を受けたことを契機に、地元農業支援及び社員教育の一環として農家の手伝いを始めた。翌年には米の試験販売を行い、購入者から旨みと品質へ高い評価を得たことで、社内に「米プロジェクトチーム」を設置し、米の少量販売の企画とパッケージ開発に着手した。
 農家では土壌改良や有機質肥料の使用による高品質米を生産する一方、同社は主に商品企画と販売を担当するとともに、秋田パッケージ㈱(秋田市)の紙器製造技術と連携して筒型容器の企画・デザイン、計量機能を持つキャップ等の共同開発を行っている。
 契約農家で生産された米は、ブレンドしない「単一農家米」をコンセプトにした「米飯生活」を商標登録してブランド化を図り、平成22年から本格販売を開始した。販売方法は同社のホームページなどを活用し、初年度は6.5tの米を完売、昨年度も前年実績を上回るなど着実に実績を伸ばしている。また、稲庭うどん、白神山水、山菜・舞茸などを米とセットにした企画商品の販売も行い、県産品の販路拡大にも力を入れている。
 地元農家を支援することにより、価格競争に巻き込まれないビジネスモデルを確立し、印刷業界に求められているワンストップサービスを実践しており、この取り組みは印刷業界における業態変革実践例として、平成22年2月に東京で開催された「Print Next in TOKYO 2010」(主催:プリントネクスト実行委員会)でグランプリを受賞したほか、農商工等連携事業計画として国の認定を受けている。

8 まとめ

 印刷業界は今後も厳しい経営環境が続くものとみられ、企業収益の改善に向けた業態変革が急務である。趨勢的に県内マーケットの縮小は避けられず、社会環境の変化に応じてビジネスの有り方を変えていかなければ、企業は自然淘汰されてしまうであろう。
 県内には受注の落ち込みをカバーするため、首都圏に営業所を構えるなどして営業活動を行っている企業や、ホームページ上で全国からオンデマンド印刷(※2)のインターネット通販を行っている企業などもあり、自社の活動エリアを県内だけでなく、県外に広げて印刷需要を取り込んでいる企業もある。なかには売上高の30%が県外の取引先である企業もあり、今後は県外も視野に入れた営業活動が必要である。
 ただし、こうした県外へ営業展開を行うためにはワンストップサービス体制の確立が不可欠である。県内の印刷会社は零細企業が多いため、先の事例のように専門企業または同業他社との協業により事業領域を広げていくことや、合併や経営統合などによって過剰な設備投資を解消し、経営の合理化・効率化を図ることについても検討していく必要があろう。
 業態変革への取り組み方法は各社様々である。まずは自社の事業領域を明確にし、ワンストップサービス体制の構築が必要である。そして、取引先と密接な関係を築いていくなかで、顧客が抱えている課題を把握し、課題を解決するための企画・提案力を高め、印刷需要を創造していく企業努力こそが、今後の印刷業界の発展の鍵を握るものと思われる。
※2 デジタル印刷機を使った印刷方法。刷版を作成せず、小ロットの印刷が可能である。

(山崎 要)

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