機関誌「あきた経済」
秋田県における稲作農業の収益性
TPP(環太平洋経済連携協定)参加問題を始めとする各種自由貿易交渉の行方は、我が国農業のありように大きな影響を与えることは間違いなく、今後、市場開放圧力も高まっていくと思われる。こうした状況のなかで、我が国農業が勝ち抜き、生き残るためには、生産性を向上し、収益力を高める必要が指摘されて久しい。そこで、統計資料から稲作を中心に本県農業の収益性をみると、数少ない大規模農家は黒字であるが、大多数の農家は赤字の農業部門をその他の収入でカバーしている現状が浮かび上がってくる。
1 はじめに
2010年世界農林業センサス(以下、センサス)をみると、本県においては、農業を主な所得源とする農家の割合が増加し、組織化、大規模化も進むなど、徐々にではあるが、構造変化への流れが表れつつある結果になっていることが、明らかになった。(「あきた経済」2011年8月号)。それでは、本県農業、特に、稲作農業の収益性はどうなっているのだろうか。果たして、本県農業は儲かっているのだろうか、本稿では、農林水産省の統計資料から読み取ってみた。
2 稲作主体の本県農業
本県の農業産出額は趨勢的に減少傾向が続いているが、これは米の産出額に影響されている部分が大きい。農業産出額に対する米の構成割合は、米の作況指数が全国ワースト3の「93(不良)」という特殊要因のあった22年を除き、ほぼ6割を占めている。
また、センサスによると、農産物販売金額1位の作物別でみた場合、稲作が1位の販売農家が全体の9割程度を占めており、東北平均を20ポイント近く上回るなど、本県農業が稲作偏重の状態にあることは、これまで各方面から指摘されてきたとおりである。
こうしたことから、本稿では、水田作経営のなかでも大半を占める稲作部門の収益性に焦点を当てて特徴を探ることとする。
3 全体的な収益性の傾向
農業の収益性を調査した統計としては、農林水産省「農業経営統計調査」があり、農家経済の動向を明らかにする調査として用いられている。しかしながら、本調査はサンプル調査であり、本県における抽出経営体数はセンサスの農業経営体から一定基準で抽出した127先で、本県販売農家約47千戸のごく一部に限られているため、必ずしも精度が高いとはいい難いが、全体的な傾向を知るうえでは有用である。
本県における、1経営体当たりの水田作経営の収支をみると、農家の総所得4,840千円のなかで、最も大きなウェイトを占めているのは、給与収入等の農外所得(2,469千円)51.0%であり、次いで年金等の所得(1,653千円)34.2%、農業による所得は718千円の14.8%にすぎない。農業所得だけでは、生計を維持できない農家の姿が読み取れる結果であり、この傾向は全国、東北でもほぼ同じである。兼業農家が多く、担い手の高齢化が進んでいる農業生産者の実態が如実に表れている。
4 農業部門の収益性
水田作経営における農業部門の収支を今少し詳しくみると、作物収入なかでも稲作による収入が50%を超えて、飛び抜けて多い。次いで目立つのが、経営安定対策等の補てん金や助成金等の補助金収入などを示す農業雑収入(845千円)が4分の1以上を占めていることである。経費面では、農機具代が突出して多く、次いで、肥料と農業薬剤であり、この3種類でおよそ4割を占めている。
ここで注目すべきは、農業所得の1経営体当たりでの収支はプラスではあるが、助成金等の農業雑収入を除くと赤字になってしまうことである。本県のみならず全国的にも平均的な農家は農業本来の収入だけでは経費を賄い切れていない実態が分る。
5 稲作部門の収益性
次に、稲作部門に特化したうえで、作付け規模別に農業収支をみてみると、2.0ha未満ではほぼ赤字経営となっており、さらに農業雑収入を除くと3.0ha未満まで赤字農家が拡大し、「3.0ha以上5.0ha未満」でようやく収支トントンの水準となっている。5.0ha以上の比較的規模の大きい農家でも補助金等がないと苦しい経営になっており、やや余裕があるといえるのは10.0ha以上の農家ということになる。
このことから、稲作経営には規模の経済が働き、大規模経営は明らかに優位と考えられる。
センサスによると、本県販売農家の経営耕地規模別分布は図表7のとおりである。大規模化・集約化が比較的進んでいるといわれる本県でも、農業所得が1,000千円に満たない3.0ha未満の農家が78.5%と依然として大多数を占めており、10.0ha以上の大規模農家は約3%にとどまっている。比較的余裕のある農業経営が可能となるまでの大規模化は、本県においても、まだまだの状況ということになる。
6 まとめ
(1)稲作部門の収支が赤字となる3.0ha未満の比較的小規模な農家が大多数を占めていることが、本県農業の収益性を高めるうえでの課題である。国では、「食と農林漁業の再生のための基本方針・行動計画(以下、基本方針)」で、規模拡大を図るために平地で20~30ha、中山間地で10~20haの経営が8割程度を占める政策を進めようとしているが、これは、基本的に正しいと考える。ただ、現在の戸別所得補償制度のように、対象を拡大し、小規模・零細農家にまで遍く助成する方式は基本方針に逆行している。直接支払を大規模層に集中するなど、経営力を高める大胆な政策の実施も必要である。
(2)また、規模拡大のメリットは、耕地が集約しているからこそ享受できるものであり、現状のように飛び地、虫食い状で分散していては、真の大規模化・集約化とはいえない。耕地が分散している理由について、多くの識者は、小規模農家にとっては農外利用のための転用期待が大きいことに加え、農地を保有し続けることが相続税や固定資産税など税制面等で有利に働く現在の農業政策にあると指摘し、小規模・零細農家が農地を貸したり、譲ったりするインセンティブの低いことを挙げている。
耕地の受け手と出し手を結び付けるマッチング機能の整備や、農外企業による農業参入へのハードルをより低くする、あるいは積極的に呼び込むための斬新な政策(障壁を完全になくす、参入補助制度を設ける等)を創設するなどの思い切った施策も考えるべきであろう。
(3)足もとでは米価が高止まりしているものの、23年の家計支出でコメ支出がパン支出に初めて逆転されるなど(総務省家計調査)、コメ消費の減少は続いており、今後も米価が高値を続けていくかは疑問である。米価に左右されない足腰の強い経営をするためにも、収益力の向上は重要である。収益性を高め、ビジネスとして成り立つ規模の営農としなければ、将来を引き継ぐ担い手も育っていかないことになる。
一部を除くと700%を超える高関税が輸入米には課されているが、TPPを始めとする各種自由貿易交渉の行方次第では、高関税に安穏としているわけにはいかず、いずれは、外国産米との価格競争を余儀なくされると思われる。如何に生産効率を上げ、収益力を高めるかが、農家の生き残りには大事となる。また、同時に、世界的には食糧危機が表面化しつつあるなかで、収益力を向上させることで米価を引き下げられるなら、高品質を前面に出した国際競争力もつき、輸出の拡大にもつながるであろう。そのためには、一律的な減反政策の見直しも含めた、一層の、スピード感ある大規模・集約農業の実現が喫緊の課題である。
(佐々木 正)