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食料の安全保障と食料自給率

 今夏、世界最大の穀物の供給源であるアメリカ中西部が大干ばつに見舞われ、トウモロコシと大豆が未曾有の不作に陥った。干ばつが明らかになった6月半ば以降、相場が急騰、世界の穀物の価格指標となるアメリカ・シカゴ市場では、トウモロコシと大豆の価格は史上最高値を更新した。
 トウモロコシの9割、大豆の約7割、小麦の約6割をアメリカからの輸入に頼る日本にとって、穀物相場の高騰が製品価格に転嫁され、今後の国内製品への値上げが懸念される。
 今年はアメリカのみならず、ブラジルの天候不順による大豆の不作、ロシア・ウクライナの干ばつによる小麦の不作もあり、穀物需給の余裕を示す“在庫率”も低下傾向にある。
 加えて、今後の新興国の食の“欧米化”による穀物需要の増大懸念から、世界の“食料危機”に対する不安の声は根強い。
 食料危機に対する備え、つまり食料の安全保障と食料自給率について検討を加えてみたい。

1 “食料危機”のリスク度

(1) 将来の“食料危機”のリスクはどの程度あるのか、この問題について、専門家の間でも“楽観論”と“悲観論”がある。
 「在庫率」をはじめとして、「新興国の経済成長による需要増」、「穀物生産量(=単収)の伸び」、「耕地面積の増加」等に対する見方が分かれている。
 例えば、「新興国の需要増」や「在庫率」についての代表的な見方は次のとおりである。
 (なお、「世界の穀物の在庫率の推移―穀物の需給の推移」を紙面では図表で表示)
 また、穀物は、米、とうもろこし、小麦、大麦等である。
 在庫率は1998年の31.7%をピークに、2012年には、1974年に国連食糧農業機関(FAO)が定めた安全在庫水準である17~18%に迫る18.5%になる見通し(米国農務省2012.10.15時点の見通し)である。
[新興国の需要増について]
悲観論:新興国の食が“欧米化”し、穀物需要は爆発的に増える。
楽観論:アジアの国々では食文化上、欧米ほど肉は食べない。畜産技術の発展で必要な穀物も以前より少なくて済む。
[在庫率の低下傾向について]
悲観論:需給の構造が変わり、余裕がなくなっている表れである。
楽観論:輸送技術や情報技術の進展で、従来ほどの在庫を持たなくても済むようになったためである。

(2) 以上のように、需要・供給両面とも不確定要素が多く、正確に予測するのは難しいともいえる。ただし、楽観論、悲観論とも、「中長期的に見て、世界全体で食料が足りなくなることはない」という見解でほぼ一致し、悲観派の見方も「これまでほどの“余裕”がなくなる」というものである。

2 食料の安全保障

 したがって、食料危機に関するリスクとは、在庫の余裕がなくなることによる“価格の上昇”と“調達の不安定化”ということになる。
 食料の安全保障という観点からは、価格の上昇と不安定化に対する対策が必要となる。価格が上昇しても食料を買う資力があるか、食料を現実に調達できるルートが確保しているか、ということになる。
 なお、農林水産省による「食料安全保障の定義」は次のとおりである。
[食料安全保障の定義(農林水産省)]
 予想できない要因によって食料の供給が影響を受けるような場合のために、食料供給を確保するための対策や、その機動的な発動のあり方を検討し、いざというときのために日ごろから準備をしておくこと。
 平成11年7月に施行された「食料・農業・農村基本法」で、「食料の安定供給の確保」と「不測時における食料安全保障」に関する規定を設けている。そこでは、「不測の事態に対する考え方」として次のとおり示されている。
[不測の事態に対する考え方]
 平常時において、食料自給率の目標を設定し、その達成に向けて様々な取り組みを行うことは、我が国の食料供給力を向上させる上で重要です。
 このことは、国内外における不作、国際紛争による農作物の輸入の大幅な減少や途絶等の不測の事態が生じた場合に、国民が最低限必要とする食料の供給の確保を図ることにつながるものです。
 (「食料の安全供給の確保(基本理念)」について、紙面では表示)
 不測時に「生産転換等の円滑かつ確実な実施」ができる体制を構築するとともに、平常時において、「食料自給率の目標を設定し、その達成に向けて様々な取り組みを行うことが、我が国の食料供給力を向上させる上で重要である」との考え方である。

3 食料自給率

 平時における安定供給の柱が「食料自給率の目標の実現」であるが、これまでの食料自給率の推移等を見てみる。
(1) 食料自給率の推移
a 日本の食料自給率推移
 食料自給率の推移[単位:%]

年度昭和40昭和45昭和50昭和55昭和60昭和62
カロリーベース736054535350
生産額ベース868583778281
年度平成2平成7平成12平成17平成22平成23
カロリーベース484340403939
生産額ベース757471697066

 資料:農林水産省

 カロリーベースの食料自給率(以下、「自給率」)は、昭和40年度以降低下を続け、平成10年度以降39~40%で推移している。
 また、生産額ベースの自給率も漸減傾向にある。

b 諸外国の自給率(カロリーベース)
 諸外国の食料自給率(カロリーベースー平成21年)(試算等)[単位:%]

カナダ223イギリス65
オーストラリア187オランダ65
アメリカ130イタリア59
フランス121スイス56
ドイツ93韓国50
スペイン80日本40
スウェーデン79  

 資料:農林水産省

 農林水産省が試算している諸外国に比べ、日本のカロリーベースの自給率は低くなっている。

c 北海道(カロリーベース自給率1位)、東京都(カロリー・生産額ベースとも最低)および東北6県の自給率
 都道府県別食料自給率(抜粋)

 カロリーベース(%)生産額ベース(%)
 平成21年度22年度平成21年度22年度
北海道190173198198
青森121119215227
岩手108111185179
宮城798110295
秋田174171148131
山形134138165167
福島8790119117
東京1144
全国 40 39 70 69

 資料:農林水産省

 秋田県は、22年度の「カロリーベース」の自給率は北海道に次いで全国第2位の171であるが、「生産額ベース」では全国14位と大きく下がってしまう。生産額ベースの自給率がカロリーベースの2倍近くとなる青森県と好対照である。
 これは、秋田県はカロリーが高い米が、農水産物の産出額に占める割合が他県より高いことによる。これに対し、青森県は、同じ重量でも米より相対的に価格の高いりんごや魚介類の出荷額が多いことによるものである。(後掲「純食料100g中の熱量-カロリー」参照)

(2) カロリーベースの食料自給率の問題点
a 「カロリーベース」の自給率は、農産物の市場開放が問題となっていた昭和62年(1987年)に唐突に初めて発表され、その後自給率というとカロリーベースで語られることが多い。
 「カロリーベースの自給率」の計算式は次のとおりである。
カロリーベースの食料自給率
=1人1日当たり国産供給カロリー(941kcal)÷1人1日当たり供給カロリー(2436kcal)
(注)かっこ内は平成23年度の数値

b また、主な食料100gに含まれる「カロリー」は次のとおりである。
 純食料100g中の熱量ーカロリー(平成23年度概算値)単位:kcal]

356.0鶏卵151.0
小麦368.0牛乳(飲用)64.0
大豆426.7チーズ380.0
とうもろこし380.0バター754.0
いも類87.7魚介類138.7
野菜29.2海藻類152.5
みかん44.0砂糖(精糖)384.0
りんご54.0植物油脂921.0
牛肉281.8動物油脂940.7
豚肉228.3みそ192.0
鶏肉162.7しょうゆ71

 資料:農林水産省「食料需給表」

c この「カロリーベース」の自給率に対して、次のような問題点や疑問が呈されている。
①「カロリーベース」で自給率を算出しているのは日本だけであること(他には韓国が参考程度に算出している)。
 諸外国では、「穀物自給率」、もしくは「生産額ベースの自給率」が一般的である。
 なお、「生産額ベース」の自給率は、平成22年度に平成32年度の目標としている“70%”に到達している(平成23年度は“69%”)。
 なお、穀物自給率は“25%”前後で推移している(農林水産省による試算によると21年の日本の飼料自給率“26%”は、世界176の国・地域中127番目、OECD加盟34か国中30番目)。
②諸外国の「カロリーベース」の自給率も、データのある国についてのみ、農林水産省がわざわざ試算し、日本と比較し、結果として日本が試算した諸外国との比較で最も低く、これが問題視されていること。
③計算に使われているカロリーは、消費者等に到達した「供給ベース」のカロリーであり、国民によって実際に口にした「摂取ベース」のカロリーでないこと。
・分母の供給カロリーの中に、食べ残しや廃棄された、実際に国民が摂取していない食物のカロリーが含まれること。
・河川敷で作られる米や野菜は(国土交通省管轄のため)カウントされない。また、兼業農家等の自家消費分も含まれていない。
④畜産物について、国内産の飼料で育てた家畜は含まれるが、外国産の飼料で育てた家畜は含まれないこと。
 政府は、カロリーベースの自給率を平成32年度まで“50%”まで引き上げることを目標としているが、なぜ“50%”なのかも含めて、前述の疑問に答え、全国民が納得のうえ、共通の目標として共有していく必要があろう。
 また、「飼料自給率」についても、平成32年度の目標を“38%”としているが、国内産と外国産とで価格に大きな開きがある現状、畜産農家にとっての経済合理性との兼ね合いの中で、どう達成させていくのか難しい課題である。

d 減少を続ける国内米消費を受けて、政府はこれまで生産調整(減反)政策を進めてきたが、結果として生産調整が麦などへの転作につながらず、不作付けによって、食料の安全保障に不可欠な農地を放棄地等にし、また、国内米を守るための高関税の代償としてミニマムアクセス米を拡大し、自給率をさらに低下させてきた経緯にもある。
 穀物に比べてカロリーが低い野菜などを米の転作として生産しても、カロリーベースの自給率の向上にはつながらない、むしろ低下させてしまうという矛盾を抱えることになる。カロリーベースの自給率に拘泥するあまり、多角化・複合化を図るという今後の農業のあり方を歪めてしまう怖れもある。

e 「食料の安全供給の確保」(紙面では図表で表示)にもあるとおり、国内における平時の安定供給、不測の食料安全保障においても、根幹をなすのは、「農地の確保・整備」、「担い手の確保・育成」、そして「農業技術水準の向上等」の3点である。

4 秋田県の取組み

 本県においても、上記の『食料の安定供給の確保』の根幹となる3点について、“ふるさと秋田元気創造プラン”(以下、「創造プラン」)の戦略『融合と成長の新農林水産ビジネス』において、それぞれ「持続可能な大規模経営体等の育成と多様な担い手の確保」、「水田フル活用の推進と生産基盤の整備」、「産地の強みを育てる新技術の普及・定着」を掲げ、次のとおり取組を進めている。
(1) 担い手の確保・育成
 本県では、これまでも集落営農組織や認定農業者の確保によって「担い手の確保・育成」を図ってきた。県内の認定農業者は、平成23年3月末現在全国で4番目の10,122経営体となっている(農林水産省データ)。
 また、県内の集落営農数は、本年2月1日現在728組織で、全国都道府県の中で5番目である(農林水産省データ)。また、このうち140組織が既に農業生産法人となっているほか、478組織が今後法人化となる計画を策定している。集落営農組織が“あきた型”農業法人へと成長・発展するために必要な取組等について、ソフト・ハードの両面から幅広く支援していくこととしている。
(注)認定農業者とは、「農業経営基盤強化促進法」に基づき、効率的で安定した魅力ある農業経営を目指す農業者。自ら策定した「農業経営改善計画」が市町村の審査・認定を受けると、その計画達成に向けての様々な支援措置が受けられる。
(注)集落営農とは、集落を単位として、生産工程の全部又は一部について共同で取り組む組織をいう。将来効率的なかつ安定的な農業経営に発展すると見込まれる担い手として位置付けられ、様々な支援を行っていくもの。
(注)“あきた型”農業法人とは次のような特徴を持ち、地域の農業を支える組織(「創造プラン」より)をいう。
・地域の農地を集約し、大規模な土地利用型経営を展開
・農地や労働力、資金等の経営資源を企業的に活用しながら経営の複合化や多角化に取り組み、高い収益性を確保
・地域の高齢者や農外参入も含む多様な人材を雇用

(2) 「農地の確保」
 農地の集積による農地の汎用化、土地利用の秩序化を進める「ほ場整備事業」についても、東北で上位にある整備率(平成20年まで73%)のさらなる向上をはかるべく取り組んでいる。
 年間500haの拡大を目指し、ほ場整備面積(累計)を平成20年度の88,673haから平成25年度に91,200haまで拡大することを目標としている。
 この整備事業によって、農業生産性の向上、品質・収穫量の向上、経営基盤の向上という「農業構造の改善」のほか、「住民生活の安心安全」、「食料自給力の向上」、「地域の振興」もはかられ、担い手および高度な経営体の育成にもつながるものである。
 これまでも、ほ場整備を契機として農業生産法人が県内各地に設立され、農業の複合化・多角化が進められている。また、全国3位の面積を誇る水田を多様な作物によってフル活用するとともに、上記「ほ場整備事業」に加えて、「耕作放棄地の解消」を掲げ、農地拡大に努めていくこととしている。

(3) 農業技術水準の向上
稲作をはじめとする多様な作物について、生産性や収益性の向上が期待できる新技術の確立、普及・定着を促進するため、『産地の強みを育てる新技術の普及・定着』を掲げている。
 具体的な取組としては、「多様な米の用途(米粉用や飼料用など)に対応した低コスト技術体系の確立―“直播でecoライス”のスタンダート化、新たな直播栽培技術や疎植栽培の導入、肥料・農薬の削減など」、「(稲作と大豆を組み合わせた)大規模ブロックローテーション等による効率的作業体系の確立」などがあげられている。
 また、創造プランにおいて「安全・安心な県産農産物の供給体制の確立」への取組も進められているところであり、創造プランの推進強化によって、秋田の農業の秘められている大きな潜在力を掘り起こし、創造プランの将来ビジョンにある『安全・安心な日本の食料供給基地としての確固たる地位の確立』を着実に実現していきたい。

5 さいごに

(1) 平成11年に施行された「食料・農業・農村基本法」において、「国民に対する食料の安定的な供給については、世界の食料の需給及び貿易が不安定な要素を有していることにかんがみ、国内の農業生産の増大を図ることを基本とし、これと輸入及び備蓄とを適切に組み合わせて行われなければならない」と定められている。
 すなわち、国内農業生産の増大による自給“力”の増大を図ることは当然のこととして、輸入と備蓄も含めたバランスのとれた“供給力”の増大が必要ということを謳っている。
 確かに、カロリーベースであれ、生産額ベースであれ、政府の自給率目標は100%でない。カロリーベースでは50%を輸入に依存する目標である。そうであれば、その年の作物の出来、不出来による結果としての自給“率”の上下に一喜一憂し、問題とするのではなく、輸入ルートの多様化・安定化も含めた供給“力”の確保こそが必要という意見も根強い。

(2) 米価を維持することが第一義となって、今後も生産調整(減反)政策を進めて行くと、農地はさらに減少し、“自給力”が弱まり、食料の安全保障を危うくさせていくことになる。
 減反政策の論理矛盾から抜け出して農地確保による“自給力”確保・拡大こそが、食料安全保障の根幹であるともいえる。
 効率化、合理化による生産性の向上による担い手不足の解消という発想や、拡大するアジア市場への輸出という新しい需要を開拓し、農地資源を維持しながら食料自給力を向上させるという、強い農業を実現させる農政改革を実行するという選択も当然必要である。

(3) 経済協力開発機構(OECD)は、平成21年に、日本農業政策の審査報告書の中で、日本の農業は零細規模、担い手の高齢化などの構造的な弱点があり、現状の生産調整策は持続可能でないとして、縮小か廃止を提言している。
 さらに2006年の数値をもとに5~7年後の状況を試算した結果として、生産調整を廃止した場合、生産量は3%増加、米価は4.7%低下し、消費者の効用は約950億円増加するとしている。
 この提言を警鐘として、今後の食料の安全保障のあり方の中での真の農業改革についての検討が望まれる。

(松渕 秀和)

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