経営随想
酒造り100年を迎えて
(小玉醸造株式会社 代表取締役社長)
(基本理念)
「成功不可急 準備不可怠」「積善家必有余慶」「先憂後楽」は私の自宅に掛けてある額に書かれた言葉です。この家は現在国の重要文化財に指定されておりますが、私の曽祖父の小玉友吉が大正12年に建てたものです。その前年に隣からの出火で酒蔵のかなりの部分を焼失したため、住宅を新築する必要に迫られた訳です。ここから、住まいと酒蔵を分離することになり、公私の区別をはっきりつけることにも繋がったようです。上記の額に書かれた言葉は曽祖父のメンタリティを良く表しているのではないかと思います。派手な事業展開を避け、努力の積み重ねで着実に物事を進めていく姿勢は小玉家の基本となっています。
(事業の拡大)
友吉が創業の事業であった味噌、醤油の製造販売から清酒の製造も加えるようになったのが、大正2年(1913年)です。穀物を発酵させて製品を造る方法は清酒も味噌、醤油と似ていますが、使う微生物の種が異なるためコンタミネーションを避けようと醸造蔵は離して造りました。友吉は「普請道楽」と言われるほど建築が好きだったようで、味噌醤油蔵、酒蔵の他にも後に会社の福利厚生施設となる「小玉発酵化学研究所」また臨済宗妙心寺派の菩提寺「開得寺」などを建てていきました。今年は友吉が清酒の事業を開始して100年という節目の年です。これを機会に会社の事業を振り返る写真展を当社内にある写真ギャラリー「ブルーホール」で開催しました。
造り酒屋は歴史が長く、古いところが多く、当社のような100年というのは若い方でしょう。後から清酒醸造に参入したものとして早く技術的に古い酒蔵に追いつきたいという強い意志があったと思われます。友吉には弟が4人いましたが、末の弟である確治は大阪高等工業(現在の大阪大学)で発酵を学び当社の酒造りに大きく貢献することになります。中央官庁から酒造りの指導者を招聘し、品評会用のお酒の仕込みの指導を受け、そのときの酒を出品した昭和9年の全国酒類品評会では出品総数5,169点中第1位を獲得し全国的に「太平山」という酒銘が知られるようになりました。
(新しい時代の革新)
酒造りは戦中戦後、米不足の時代にアルコール添加や三倍増醸など本来の酒の味わいを希釈する方法が法律で定められ、不幸な時代が続きました。しかし、現在は三倍増醸が清酒のカテゴリーから姿を消し、清酒本来の味わいが楽しめる時代に戻りました。美味しい酒がふんだんに楽しめる時代です。また、清酒を製造する技術も大きく進歩し、吟醸酒を安定して製造できる技術が確立されたことは経済学者アロイス・シュンペーターが言っているイノベーションに他ならないと思います。(ちなみに、今年はシュンペーターとケインズの生誕130年であり、マルクスの没後130年です。)
吟醸酒の命は香りとスッキリした口当たりです。その香りは吟醸香と言われ、その主成分は有機酸エチルエステル、脂肪酸エチルエステルです。これらは果実様の香りですが、原料である米からこのような香りが生まれてくるのは驚くべきことです。外国人がこの香りは酒に香料を付けたものではないかと疑うことがありますが、自然の発酵が生み出したものです。以前はこの香りを生み出すため、酒蔵の杜氏は本当に苦労したものです。前の年にはうまくこの香りが出たけれど、今年はうまくいかない、ということが多々ありました。毎年同じように吟醸香の高い吟醸酒を造り出せる杜氏は名杜氏として崇められました。吟醸香を造り出すのは、酵母です。それは以前から分かっていたことです。酵母に吟醸香を造らせるにはどうしたら良いのか、そのメカニズムが解明されたことは非常に大きな進歩でした。
まず、酵母に十分なグルコースを供給すること。酵母はグルコースを菌体内に取り込み、アルコールアセチルトランスフェラーゼという菌体内の酵素でエステルを造ります。この酵素活性の高い酵母を選択し、また酵素反応を阻害する物質を菌体内に持ち込ませないということが必要となります。そのため、十分なグルコースを生産できる活性をもち、反応阻害物質を造らない麹をつくることが求められ、それは麹菌の選択と麹生産時の温度管理で対応できるということが分かったのです。これは吟醸酒造りにおいて、今まで細く暗い道を懐中電灯の明かりで出口を探しながら歩いていた姿から、広い道を太陽の明かりの元でゴールまで進んでいく姿に変えてしまったほど大きな革新だと東京大学農学部の「北本勝ひこ」教授は言っています。
(清酒の飛躍の時代)
吟醸酒は今海外に輸出され、世界で多くの人々に飲まれるようになりました。海外向けの販売活動を当社も続けてきましたが、まだまだ日本酒の輸出量は伸びる大きな余地をもっていると思います。実際に全国の統計では、この10年間の間に清酒の輸出量は88%の伸びを示しておりますし、秋田県でも10年間で3.7倍に輸出量が増加しました。当社でも5.3倍という数字を記録し、従来の輸出先であったアメリカ以外の特に経済発展が著しいアジア各国向けの輸出が急増している現況です。
昨年から政府がEnjoy Japanese Kokushu (國酒を楽しもう)プロジェクトを推進しています。清酒を輸出することを国の方針として決めたことは大きなムーヴメントです。外務省在外公館(大使館、領事館)からレセプション用の吟醸酒の注文が頻繁に入るようになりました。最近、酒蔵を訪れる海外からのお客様も増えています。当社の酒造り100年を迎えて海外への展開も更に加速させて、次の世紀に繋いでいきたいと考えています。
(会社概要)
1 会社名 | 小玉醸造株式会社 |
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2 代表者名 | 小玉真一郎 |
3 所在地 | 〒018-1504 秋田県潟上市飯田川飯塚字飯塚34-1 |
4 電話番号 | 018-877-2100 |
5 Fax番号 | 018-877-2104 |
6 創業年 | 明治12年(1879年) |
7 資本金 | 90,000千円 |
8 年商 | 920,000千円(2012年9月期) |
9 従業員数 | 53名 |
10 事業内容 | 清酒太平山、ヤマキウ味噌・醤油 製造販売 |
11 関連事業 | 古い酒蔵を改装した写真専門ギャラリー(中村征夫フォトギャラリー 「ブルーホール」)運営中 |