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「失われた20年」と秋田県経済

 最近発表された県内の経済状況に関するいくつかの調査結果や指標において「16年ぶり」ないし「17年ぶり」の数値が現れた。バブル経済の崩壊以降、日本経済は長い停滞を続け、本県経済もまた回復感に乏しい状態が続いていた。経済指標などに現れた変化は、現在が大きな景気の転換点であることを示しているのだろうか。「失われた20年」と言われる停滞の時期を振り返り、日本経済および本県経済の今後を展望する。

1 大転換点?

(1)16~17年ぶりの数値
 日本銀行秋田支店が発表した秋田県内「全国企業短期経済観測調査」結果の2013年12月調査では、全産業の業況判断D.I.が『10』となり、1997年(平成9年)3月調査以来、約17年ぶりに「良い」超(プラス)に転化した。
 秋田県中小企業団体中央会の「景況レポート」では、平成25年11月分の業界全体の景況DI値が『1.3』となり、平成9年3月以来、16年ぶりのプラスとなった。
 また、平成25年11月の秋田県内の有効求人倍率(全数・季節調整済み)は『0.81倍』となった。0.8倍台を回復したのは、平成9年12月以来、約16年ぶりのことである。
(2)大きな転換点を示しているか
 このように、経済・景気の指標で16年ないし17年ぶりの数値が現れたということは、現在が景気の大きな転換点であることを示している可能性がある。現れた変化の方向性は、景況が「悪い」から「良い」へ、雇用環境が改善する方へ向かっており、もし現在が大きな転換点にあるとすれば、長く続いた景気の停滞期から成長期への転換を示していることになる。本当にそう言えるのだろうか。

2 16~17年前の経済状況

 「16年ぶり」ないし「17年ぶり」という表現で、その基点となる時期は平成9年の3月ないし12月である。平成9年という時期は、どのような経済状況だったのだろうか。
 実は、この時期は決して好況とは言えない状況であった。平成2年のバブル崩壊とともに日本の景気は急激に落ち込んだ。これに対し、政府は数次に渡る経済対策を実施、その効果もあり平成8年頃には景気がやや持ち直していた。
 しかし、橋本内閣による平成9年4月の消費税率引き上げ(3%→5%)や、これに続く医療費本人負担引き上げ等を引き金に景気は再び冷え込み、結局、「失われた20年」と言われるように日本の経済状況は長く停滞を続けた。したがって、「16~17年前」は、長い停滞の期間の中で、景気が一時的に持ち直しの気配を示した時期と位置付けられる。
 つまり、過去16~17年だけではなく、それ以前の時期も加えたバブル崩壊後の約22年間、本県も含めた日本経済は景気の回復感に乏しい期間を過ごしたことになる。したがって、もし現在が景気の大きな転換点だとすれば、それは日本経済が「失われた20年」と決別し、新たな成長の時期を迎えることを意味する。

3 「失われた20年」とは

(1)「失われた20年」を振り返る
 一体なぜ日本経済は長く停滞を続けたのだろうか。当研究所が毎年2回実施している「県内企業動向調査」の業績全般BSIを基に、この時期を振り返る。
 長い停滞は平成2年のバブル崩壊で始まった。バブル期に高騰した株価や土地価格が急落し、企業や個人は資産価格の下落および過大な債務という「バランスシートの傷み」を抱えて、消費や設備投資に対するマインドは冷え込み、需要の減退から景気は一気に悪化した。図表1でみるように、バブル期の名残を残していた平成3年度上期まで全産業のBSIはプラスで推移していたが、同年度下期にマイナスに転じた。
 前述のとおり、経済対策の効果もあり平成8年頃には持ち直しの動きがみられていたが、橋本内閣による平成9年4月の消費税率引き上げや、これに続く医療費本人負担の引き上げ等の政策に加えて、同年7月にタイを中心に始まったアジア通貨危機による影響もあり景気は再び急激に悪化した。
 また、同年11月には、三洋証券、北海道拓殖銀行、山一証券が相次いで破綻。いずれもバブル期の過剰な設備投資や不動産関連融資が根本の原因だった。翌平成10年には、「日本発の世界恐慌」が懸念されるほど景況感は悪化した。業況全般BSIも、平成9年度から10年度にかけて急激に低下している。
 その後、平成11~12年の「IT景気」、平成14~20年の戦後最長となる「いざなみ景気」の時期に、県内企業の景況感はやや改善傾向を示し平成15年度下期には全産業BSIが0まで上昇したものの、プラスにはならなかった。
 そして、平成20年のリーマンショックを契機として、BSIの急下降が示すとおり景気は再び大きく落ち込んだ。さらに、平成23年3月の東日本大震災の影響もあり、平成3年度下期以降、平成24年度まで、全産業の業績全般BSIは一度もプラスになっていない。
 このような県内景気動向を反映し、秋田県の年平均の有効求人倍率も、平成9年の0.86を最後にして、0.8倍台を下回って推移してきた。
(2)「失われた20年」をもたらした原因
 なぜこのような停滞が続いたのか。「失われた20年」の前半については、原因が比較的明確である。すなわち、バブル経済の崩壊による個人・一般企業および金融部門の「バランスシートの傷み」が消費・設備投資マインドを冷え込ませ、需要減少から景気悪化を招いたと言える。
 一方、その「バランスシートの傷み」をほぼ修復できたはずの後半の時期、すなわち「いざなみ景気」以降も経済成長率が低水準で推移した原因は、「失われた20年」前半の停滞の原因ほど明確ではなく、様々な考えが示されている。
 独立行政法人経済産業研究所のポリシー・ディスカッション・ペーパー「『失われた20年』の構造的原因」(2010年5月)は、銀行の不良債権問題や企業のバランスシートの毀損などが解決しても、日本の経済がバブル崩壊前の勢いを取り戻せていない構造的原因として、次のような点を挙げている。
a ICT(情報通信技術)投資が少ない
 米国は1990年代半ば以降、流通、サービスなどの産業でICT投資を行い、労働生産性を大きく高めたのに対し、日本ではICT投資が少ない。2005年(平成17年)の「ICT投資/GDP比率」は、米国の11%に対して日本は4%にとどまっている。
b 企業貯蓄率の急激な上昇
 日本の企業貯蓄率(企業貯蓄/名目GDP)は、平成6年まで13%前後で推移していたが、平成7年以降に上昇基調に転じ、平成15年には20%を超えた。このことは、企業のキャッシュフローが貯蓄増加に向かい、設備投資やM&A等に使われていないことを示している。
c 人口一人当たり労働時間の減少
 日本の人口一人当たり実質GDP成長率は、1975-90年平均の年率4.0%から1990-2006年の1.3%へと2.7ポイント低下した。この低下分のうち1.1ポイントは「人口一人当たり労働時間の減少」によるものである。1987年改正の労働基準法の影響による労働時間の短縮が主因であるが、パート労働者の増加や高齢化による非就業者数増加の影響も考えられる。
d 大企業による海外への生産移転
 人件費等のコストを低減させる目的や、為替変動による影響を避ける目的のため、日本企業による生産の海外移転が進んだ。このため、国内での生産拡大が実現していない。
e 産業の新陳代謝が進まない
 日本では、生産性の高い企業や事業所が生産を拡大し、生産性の低い企業や事業所が生産を縮小、退出するという「経済の新陳代謝機能」が低かった。
 本ペーパーで指摘された以上の点は、今後、日本経済が「失われた20年」と決別し、新たな成長の時期を創り出すためにどのような方策を講じなければならないかを考えるうえで、重要な示唆となる。

4 最近の景気回復の動き

(1)県内企業の景況感改善
 全産業の業況全般BSIは平成25年度上期の実績で-1まで上昇、同年度下期の「見通し」では+5とプラスに浮上した。仮に25年度下期の「実績」でもプラスになれば、平成3年度上期以来約22年ぶりのプラスとなる。
 公共工事の増加による建設の業況改善や、消費税増税前の駆け込み需要による木材・木製品や卸・小売の販売増加がみられる。
 企業業績の改善傾向を背景に県内の雇用環境も改善しており、平成25年の年平均の有効求人倍率は0.72まで上昇、前述のとおり11月単月では0.8倍台を回復した。
(2)アベノミクスの効果
 全国の動きをみると、「アベノミクス」による大胆な金融緩和(第1の矢)および機動的な財政出動(第2の矢)により景気は回復の途をたどっている。株高等を背景にした高額品など個人消費の回復や「国土強靱化」等の公共投資増加に加え、円安による輸出企業を中心とした企業業績の改善がみられる。
 企業業績の回復は、有効求人倍率の上昇など雇用状況の改善につながっており、大企業の経営者を中心として、この春の賃上げに対して前向きの声も聞かれる。
 また、平成25年の消費者物価指数(全国)は前年比0.4%上昇と5年ぶりのプラスを記録、デフレ経済からの脱却を目標に掲げるアベノミクスが効果を現したようにみえる。

5 成長の時期を迎えることができるか

(1)成長を持続するために
 現在、上に述べたように景気は回復しつつある。ただし、この景気回復が「失われた20年」からの決別を意味するかという点に関しては、直ちには肯定できない面がある。
 すなわち、本県経済の改善は公共投資増加という政策的な要因と消費税増税前の駆け込み需要という一時的な要因による部分が大きい。また、消費者物価(全国)の上昇も円安による輸入価格上昇によるところが大きく、経済の活発化による需要増加を原因とする上昇には至っていないと考えられる。現在の景気回復を新たな成長の始まりとするためには、経済の自律的な成長を実現していく必要がある。
 本年は、消費税率の引き上げという平成9年と共通するイベントがある。平成9年には、医療費本人負担引き上げや特別減税の打ち切り等を同時に実施し消費を急激に冷え込ませたという政策の誤りや、アジア通貨危機という外的要因もあり景気が再び下降したが、今回はその経験を活かし、景気が再び落ち込むことを防がなければならない。
(2)前提条件の大きな変化
 今後の成長を考えるうえで、さらに重要な要因がある。「失われた20年」の間に日本経済の前提条件が大きく変化したという事実である。
a 人口減少
 日本の人口は平成19~22年にほぼ横ばいで推移した後、平成23年以降は明確に減少のトレンドに転じた。この事実は、需要面と労働力確保の面で日本経済が新たな課題に直面していることを意味する。すなわち、需要面では、個人消費や住宅投資の規模が減少すると同時に、高齢化によりマーケットの質の点でも変化が進行する。労働力確保の面では、これまで以上に高齢者を活かす対応が必要となる。
b 貿易収支の赤字
 戦後、石油ショックの時期等を除いて基本的には大幅な黒字を続けていた貿易収支は平成23年から赤字に転じ、平成25年は過去最大となる11兆円超の赤字額を記録した。貿易赤字の要因としては、鉱物・燃料の輸入増加、円安による輸入価格上昇に加えて、日本企業による生産の海外移転が進んでいることがある。この生産の海外移転が、今般の円安局面で「最終的に円安効果で輸出数量が増え、貿易赤字が縮小する」というJカーブ効果がみられないという現象を招いている。
 巨額の貿易赤字は、「原材料を海外から輸入し、それを加工した製品を輸出して外貨を稼ぐ」という第2次大戦後の日本経済を成長させてきた「日本株式会社のビジネスモデル」がもはや成立していないことを意味する。
(3)新たなビジネスモデル
 上に挙げた前提条件の大きな変化からみて、今後の成長の途はバブル経済以前の成長の延長線上にはない。新しい労働力確保の方法を考えることや、産業の新陳代謝を活発にして新たな成長産業を創り出すことなどを基本に「日本のビジネスモデル」を再構築する必要がある。
 「アベノミクスが期待する効果をあげることができるかどうかは、『第3の矢・民間投資を喚起する成長戦略』が成功するかどうかにかかっている」と多くの識者が指摘している。その成長戦略を立案・実行するうえでも、上に述べた前提条件の大きな変化への対応を考慮に入れることが求められる。

6 本県経済の成長にとっての課題

(1)考慮すべき前提条件
 本県は、人口減少と高齢化で全国に先行しており、貿易赤字を招いた生産の海外移転についても、大手企業の生産拠点再編によって地域経済が大きな影響を受けたことが記憶に新しい。本県経済の成長をはかるためには、全国的な課題を先取りして対応していく必要がある。
(2)高齢者の活用
 人口減少・高齢化に関しては、労働力の面で高齢者の活用をはかる必要がある。健康で地域や経済に貢献する意欲や能力の高い高齢者の力を活用する仕組みづくりが求められる。
(3)県外・海外需要の取り込み
a 県内需要への対応と県外市場の開拓
 本県の食料品マーケットにおける県内調達率が3割台にとどまっている現状から、まず、県内企業が県内需要を取りこぼさずに対応し、さらに県外マーケットを開拓して、その需要を取り込んでいくことが求められる。
b 海外需要
 食品分野で、本県産商品の輸出への取り組みが活発となっている。日本の近隣には経済成長の著しい東アジアのマーケットがある。この需要取り込みも成長への有力な手段である。
c 交流人口の増強
 本県は、デスティネーションキャンペーン、国民文化祭等で県外客誘致に取り組んでいる。このようなイベント開催に加え、秋田のイメージを確立し激化する他地域との競争に打ち勝つためには、スポーツツーリズムへの取り組みや、フィルムコミッションの活用、本年中に法律成立が見込まれるIR(統合リゾート)の検討を行い、定住人口減少を補ううえでも、継続して交流人口増強に取り組む必要がある。
(4)成長産業の育成の視点
 秋田県は「第2期ふるさと秋田元気創造プラン(仮称)」の素案をまとめた。そこで掲げられた産業・エネルギー戦略などの「6つの重点戦略」は本稿と共通する認識に基づき産業振興、経済成長をはかる考え方とみなされる。行政・民間が同じベクトルで戦略を着実に実行し、本県独自の「地域のビジネスモデル」を構築していくことが重要である。
a 農業
 日本の貿易収支赤字化および海外の人口増加を勘案すると、日本が海外農産物を自由に買える状況には変化が予想される。また、食品の安全性の面からも食料を生産する産業としての農業の重要性はますます高まる。担い手不足への対応、6次産業化の推進を含め、「儲かる農業」のビジネスモデル確立が重要である。
b 新エネルギー関連産業
 本県には、風力、地熱、シェールオイルなど、他県に対して優位性を持つエネルギー資源が多い。この開発を戦略的に進めるとともに、単なるエネルギー供給地に終わらないように地域内での関連産業育成に注力する必要がある。
c 学術機関との連携
 本県にはユニークな教育方針等で注目を集める国際教養大学や、国際資源学部を新設する秋田大学、東北地方の公立大学で唯一の美術系大学である秋田公立美術大学、秋田県の持続的発展への貢献を理念とする秋田県立大学など特色のある学術機関がある。研究開発やデザイン力向上の面で、企業と学術機関との連携を強め、オリジナルな製品・サービスを生み出していくことが重要である。

(荒牧 敦郎)

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