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消費税増税と低所得者対策~「軽減税率」と「給付付き税額控除」~

 消費税は、所得水準に関係なく、消費全般に定率の税負担が課せられる。このため、消費税には、所得が低いほど消費税の負担割合が大きくなるという「逆進性」の問題がついてまわる。
 「社会保障・税一体改革」にかかる税制抜本改革法では、この逆進性、低所得者対策として、「軽減税率」、「給付付き税額控除」、「総合合算制度」が検討されることとなった。
 現在は、このうち「軽減税率」を中心に検討が進められているが、本稿では、3つの施策・制度について、低所得者対策としての有効性、制度設計上の問題点、事務負担の問題点等について比較、考察する。

【税制抜本改革法第7条に規定された低所得者対策に関する検討条項(概要)】
消費課税については、消費税率の引上げを踏まえて、次に定めるとおり検討すること。
イ 低所得者に配慮する観点から、行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律(「番号法」)の本格的な稼働及び定着を前提に、関連する社会保障制度の見直し及び所得控除の抜本的な整理と併せて、総合合算制度、給付付き税額控除等の施策の導入について、所得の把握、資産の把握の問題、執行面での対応の可能性を含め様々な角度から総合的に検討する。
ロ 低所得者に配慮する観点から、複数税率の導入について、財源の問題、対象範囲の限定、中小事業者の事務負担等を含め様々な角度から総合的に検討する。
ハ イ及びロの検討の結果に基づき導入する施策の実現までの間の暫定的及び臨時的な措置として、社会保障の機能強化との関係も踏まえつつ、対象範囲、基準となる所得の考え方、財源の問題、執行面での対応の可能性等について検討を行い、簡素な給付措置を実施する。

1 はじめに

 平成24年8月に「社会保障と税の一体改革関連法案」が成立し、消費税率は本年4月から8%に引き上げられ、来年10月には10%に引き上げられる予定である。税率を8%から10%に引き上げる時の低所得者対策として、当初の民主党案では「給付付き税額控除」とされていたが、民自公の修正協議の結果、「軽減税率(複数税率)」と「給付付き税額控除」が検討されることになった。その後、平成24年12月の総選挙での政権交代後、新政権では「消費税の10%引き上げ時に、軽減税率制度を導入することをめざす」となり、軽減税率の検討が中心となった。昨年12月の平成26年度与党税制改正大綱では、「軽減税率制度を税率10%時に導入する」と示され、軽減税率の導入が決定的になった経緯にある。

2 「総合合算制度」について

【総合合算制度】「低所得者の家計に過重な負担をかけない」観点から、家計全体をトータルに捉えて、個別の制度単位でなく、医療・介護・保育・障害に関する自己負担の合計額に上限を設定する制度。基礎的な消費支出等を踏まえ、負担上限を年収の一定割合とするなど、低所得者に対してきめ細かく設定。

 現行の各制度の低所得者向け施策は、それぞれに根拠や背景、歴史的経緯があり、現場の実務も異なる。制度と実務が縦割りとなっている理由と実務を一つに整理できるかが大きな課題である。このためもあり、この総合合算制度に関する議論は、平成24年2月の「社会保障・税一体改革大綱」の閣議決定以降は、実質的に行われていない状況にある。

3 「給付付き税額控除」について

【給付付き税額控除】社会保障の「給付」と所得税の「税額控除」を組み合わせた制度。算出された税額が控除額より多い場合は税額控除、少ない場合は給付を受ける。例えば、(低所得者に)10万円の税額控除を行う場合、納付すべき税額が15万円の人は5万円の納付とし、税額が5万円の人には5万円を支給(手当給付)する。なお、対象を、低所得者全般でなく、勤労所得のある貧困世帯や子育て世帯に限定する外国の例もある。

 多くの有識者は、低所得者対策としては「給付付き税額控除」が望ましいとする。
 その理由としては、後述する軽減税率の問題点である①低所得者対策としての有効性、②納税事務負担の問題、③(軽減税率の対象品目の線引き等の)制度設計上の問題が、クリアできることである。
 軽減税率と比べて、所得がいくらまでの世帯に、いくら給付するか、客観的かつ合理的な制度として設計が可能であることが大きな要因である。
 6月11日に開催された「政府税制調査会」においても、出席した約20名の委員のうち、軽減税率導入に賛意を示したのは新聞社出身の委員2名のみで、大多数の委員は軽減税率導入に反対している。(7月16日議事録公表済)
 ただし、この給付付き税額控除についても、①所得の正確な把握が必要、②「低所得ではあるが、資産が多い人にも恩恵が及ぶ」こと、の課題・問題点がある。
 このうち、「所得の正確な把握」については、昨年5月に公布された国民一人一人に固有の番号を付与する「番号法」の稼働と定着が前提となる。平成28年から運用開始が見込まれているが、給付付き税額控除への適用のためには更なる検討と体制整備が必要となる。
(注)「番号法」の正式名称は「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」

4 「軽減税率」について

(1) 与党(自民党・公明党)税制調査会で、軽減税率に関する検討が進められているが、6月5日に「消費税の軽減税率に関する検討について」という資料が呈示された。
 この中で、「予め案を絞り込むのではなく、広く国民の意見を聞きながら、検討していくこととした」とされている。
 広く国民の意見を聞きながら検討を進める理由として次のとおり述べられている。
① 消費税の社会保障目的税化により、消費税率の引上げと社会保障の充実・安定は分かち難く結びついており、軽減税率の対象範囲と社会保障の充実・安定との関係については、広く国民的な意見を聞く必要があること
② 軽減税率は、納税義務者に追加的な事務負担をもたらすこと
③ 消費行動やモノの売れゆきに直結すること
 そして、「国民の議論の材料とするため、考え得るパターンを機械的に示す」という資料の性格が述べられている。
(2) 対象分野選定の視点
 消費税の性質として「いわゆる逆進性」と「痛税感」があり、「低所得者への配慮」と「国民の消費税に対する一層の理解」という視点に立ち、生活必需品にかかる消費税負担を軽減し、かつ、購入頻度の高さによる痛税感を緩和するとの観点から絞り込むべき考え方のもと、まずは飲食料品分野を想定して検討していくこととしている。
(3) 「線引き例と財源」
 各国で行われている線引き例を当てはめ、8種類のパターンが示されている。そのうえで「範囲と財源両方を勘案した議論を期待したい」とされている。
 単一税率と比べた場合の減収額がパターンごとに試算されている。  そもそも、消費増税は、社会保障制度の持続可能性を確保するため、社会保障の財源として導入したものであるが、「その財源である税収を減らす議論が展開されていることになってはいないか、なぜ消費増税が必要なのかの“そもそも論”を再認識すべき」との指摘もある。
 8つのパターンごとに課題・論点が示されているが、どのパターンについても、課題・論点は相当数にのぼる。
 「酒」、「外食」、「菓子類」、「飲料」、「加工」および「生鮮」についての定義・範囲・線引き等、どれ1つとっても、また、何が必需品で何が贅沢品、高級品であるか、一律にルール化することは無理がある。常に新しい食料品・飲食付きサービスが開発される中にあって、経済合理的に決定することは困難であることは想像に難くない。
 低所得者層への配慮という政策目的であれば、「日常的な食料品」に限定することが望ましいが、家計調査などのデータから客観的に導き出すことは困難であり、「日常的な食料品」を「生鮮食料品」や「基礎的食料品」などとしても、その概念も制度上確立されたものはない。むしろ“生鮮”なもの程高価である場合が多い。
 合理的な規準がないため、結局は制度設計者の恣意性が入ってしまうこととなる。
(4) 本資料等に示されている諸外国の例をみても、業界への配慮等、難渋のうえ、決定していることがわかる。
【諸外国の例】
・ドイツ テイクアウトは軽減税率、その場で食べた場合は標準税率
・イギリス テイクアウト(基本は軽減税率)でも“暖かい”食品は標準税率
・フランス 3大珍味のうち(国内業者の少ない)キャビアのみ軽減税率の対象外
・フランス マーガリンは標準税率に対しバターは軽減税率
・カナダ ケーキやドーナツなど一定食品は 一度の販売が6個を超えると軽減税率

なお、イギリスでは、「ティーケーキ」がケーキ(軽減税率)か、ビスケット(標準税率)かで13年間にわたって法廷闘争が繰り広げられた例がある。
(5) 軽減税率導入理由の1つとして、ヨーロッパ諸国で導入されていることがあげられるが、ヨーロッパ諸国は付加価値税(日本の消費税に相当)以前の“一般消費税”時から使われていた軽減措置が引き継がれ、20%前後の高い税率の中で必要に迫られたもので、これらの国でも多くの問題点が指摘されているところである。
 IMF(国際通貨基金)やOECD(経済協力開発機構)の報告書や声明でも、複数税率(軽減税率導入)より単一税率が望ましいとされている。IMFは、平成24年6月に、日本に消費税を15%に引き上げるのが望ましいとの声明を発表した際にも、低所得者の負担軽減策として軽減税率を採用すれば「税収を効率的に増やすことは難しい」と指摘し、否定的な考えを示した。また、OECDも今年4月の会合で、逆進性対策として軽減税率は非効率で、低所得者への現金給付が望ましいとする従来の見解をあらためて確認している。
 軽減税率は利害関係が絡むため、一度適用されると取り止めることが難しいといわれている。これらの指摘を受けて、1990年代以降付加価値税を導入した国では、軽減税率を敬遠する国が多くなっている。
(6) 与党税制協議会は、この7月から業界団体の意見聴取を始めた。当初は8月末までに46団体から聴取の予定であったが、対象を60団体に拡大し、年末にかけて制度設計に臨むこととした。なお、7月29日まで聴取した43団体のうち、制度導入に賛成が15団体、反対が21団体、賛否を明確にせず意見などの表明にとどまったのが7団体であった。農漁業や食料関連、新聞・出版などを中心に軽減税率適用を求める要望が強くある一方で、経団連や連合のほか、税理士や中小企業、流通業の団体からは反対意見が相次いだ。日本税理士会連合会は「(軽減税率は)未来永劫、導入してはいけない」と主張されたとする。
 意見聴取する団体数が増えるほど、調整が困難になり、課題である軽減税率対象品目の線引きについて、収拾がつかなくなり、不毛に近い議論にならないか懸念されるところである。
 現に、医療系の団体でも、日本医師会と日本薬剤師会は軽減税率導入の検討を求めたが、日本歯科医師会は10%引き上げ時の導入に反対し、「10%引き上げ後に環境が整えば、軽減税率も考慮する」と説明したといわれている。
(7) なお、業界団体からの意見聴取に先立ち、経団連、日本商工会議所、経済同友会、日本百貨店協会、日本チェーンストア協会、日本スーパーマーケット協会、全国商工会連合会、全国中小企業団体中央会ならびに全国商店街振興組合連合会の経済関係9団体は、7月2日に「複数税率(軽減税率)は導入せず、単一税率を維持すべきである」との反対意見書を提出した。
 その理由として、①複数税率は社会保障制度の持続可能性を損なう、②対象品目の線引きが不明確で、国民・事業者に大きな混乱を招く、③新たに区分経理の事務が発生し、大きく事務負担が増加する、の3点をあげている。
 これまで指摘されてきた軽減税率導入の際の課題・問題点が、改めて現場からの声で浮き彫りになったといえよう。
(8) 「区分経理」について
 軽減税率を導入すると複数税率制度となり新たに区分経理事務が発生する。資料では、「請求書等保存方式」、「インボイス方式」など4案が示されているが、どの方式を採用しても、現行に比べて事務・システム負担(コスト)は大きく増える。
(注)インボイスとは、事業者番号、請求書番号、作成者、交付を受ける者、適用税率別対価の額および消費税額等が記載された請求書

5 まとめ

(1) 確かに、軽減税率は、すべての国民が、買い物の都度、恩恵を実感できるものである。また、ほとんどの世論調査で、約7割の人が軽減税率の導入に賛成している。所得の捕捉や番号制度が不要であり、また、「痛税感」を緩和するという意味合いでは理解が得られやすいのは確かである。今後の消費税引き上げに対する「国民の理解」を得るためにも必要であるともいえる。
(2) しかし、全ての国民が恩恵を受けるということであれば、真の“低所得者対策”とはいえない。むしろ、高所得者ほど高額の食料品を買うことから、軽減される絶対金額だけでみれば高所得者に恩恵が及ぶこととなる。
(3) 軽減税率制度は後戻りのできない制度であることを十分に踏まえたうえで、より良い軽減税率に向けた制度設計を検討するとともに、給付付き税額控除についても議論、検討を進めるべきであろう。

(松渕 秀和)

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