経営随想
秋田県における農地中間管理事業の取組について
(公立大学法人国際教養大学 教授 国際連携部長・アジア地域研究連携機構長)
はじめに
本学が産声をあげ、すでに11年が経った。設立にあたっては秋田県にもう一つの県立大学を創る理由があるのか?果たして学生は集まるのか、何故、少子高齢化に直面する秋田県がグローバル人材を育成しなければならないのか?等様々な異論があった。難産の末に生まれた本学であるが秋田県民の多大な支援と故中嶋学長のリーダーシップ、そしてその後バトンを受け継いだ鈴木学長の下、無事に開学10周年を迎えることが出来、現在に至っている。ただ、本学は成長過程でいえばやっと揺籃期を抜け出そうかという段階である。今後も謙虚に教育・研究活動を強化しつつ盤石な大学づくりに教職員・学生共々に精進しなければならないと思っている。
本学は今までの日本にはない新たな大学としてスタートした。つまり、全て英語の講義、1年間の海外留学の必修化、1年生は全員寮生活、その後9割以上の学生がキャンパス内に居住し大学コミュニティを形成、24時間365日開館の図書館、外国人教員比率50パーセント以上、等々である。現在、わが国のトップスクールの多くがグローバル人材育成において本学をモデルとしつつ、様々な取り組みを行っている。また、前述のユニークな取り組みに加えて、毎年10倍を超える入試倍率や就職率100パーセントの実績がメディアで数多く取り上げられ、日本の大学関係者が瞠目するような存在として内外の注目を浴びている。
一方で、本学は設立前から、そして今も「国際教養大学は秋田のために何をしてくれるのか?」との問いと期待に向き合っている。本稿では今まであまり県民の方々に知られていなかった本学の地域貢献活動について概説し、その上で今後の秋田県と本学との連携について考察したい。
地域環境研究センター
本学は開学当初から教育、研究、地域貢献を3つの柱として運営されており、特に地域貢献活動は多岐にわたる。まず、開学間もない2005年2月には地域環境研究センターが設立された。センターは秋田県内の自然、伝統文化、食、文化景観といった各種資源を学問的に調査分析し、その成果を自治体や各種地元組織の地域活性化事業に提供しつつ各種事業を推進してきた。列挙すると、2005年度より文部科学省の科研費を活用し、旧阿仁町における山村文化の調査研究を行った。マタギに代表される旧阿仁町の狩猟文化、山菜採りとその保存に関する経験値、集落内で今も継承されている多様な在来知を丹念に調査し、その成果をもとにエコミュージアム構想を提案した。この調査研究成果については2007年に皇太子殿下が本学に来学された折りに、特別講義として筆者がご披露させていただく機会に恵まれたことも付記しておく。
また、2011年より3年間、文化庁の財政支援を受けながら、秋田県内各集落に継承される歌舞音曲を中心とした民俗芸能の映像データベース化事業を行った。県内の民俗芸能継承全集落で聞き取り調査と映像収録作業を実施し、最終年度までに計311の民俗芸能の映像デジタルデータベース化を行った。また、それら全ての映像をDVD化し、県内全ての小学校、公民館、図書館に無償配布した。また、各映像を2分間のダイジェスト版に編集し、それらを「秋田民俗芸能アーカイブス」としてホームページに掲載し、日本のみならず世界中からも秋田の民俗芸能が閲覧できるようにした。
由利本荘市では3ヵ年の事業として、本学、早稲田大学、国際基督教大学、立命館大学アジア太平洋キャンパスの学生計32名が市内9集落を資源調査し、その成果を基にした活性化案を地元と協議しつつ策定し、由利本荘市長に提案した。
秋田県との連携事業では2005年度から14年度まで10年間、秋田県農林水産部とセンター共催で農山村地域の活性化を担うコーディネーター育成事業「Akitaふるさと活力人養成セミナー」を実施した。このセミナーでは2年を1期とし、地域活性化に必要なコミュニケーション力、マーケティング力、意見調整力、計画策定力、広報力を国際教養大学の教員が中心となってレクチャーした。それらレクチャーで学んだ事をベースに受講生は実際に地域集落に入り、地元と意見調整しつつ実際のイベントを企画・運営した。受講生はこれら一連のプロセスを通して実践力を身につけていったのである。ちなみにこの人材育成の10年間をフェーズ1と位置づけると、現在はフェーズ2として、修了生が地元で独自に活性化に取り組み、それを県が「Akita 活力人ちいき応援事業」として継続支援しており、大きな意味でこの人材育成そして養成した人材活用プロジェクトは今も進行中である。
他にも国・県・自治体から多くの委託調査事業を実施したが紙面の関係で割愛させていただく。
東アジア調査研究センター
2012年2月に設立されたセンターである。「行動するシンクタンク」として主に県内企業の東アジア地域の海外事業展開を側面支援する業務を中心に各種調査プロジェクトを実施してきた。主だったものでは秋田とロシアを結ぶシーアンドレール構想に対する提言、低迷が続くソウル便利用強化のための提言、秋田港の活用に関する提言、そして秋田の日本酒をロシアに売り込むための側面支援、地元紙にリレーコラム「海外ビジネス考」として秋田の各種資源を海外に売り込むため、もしくは海外からのインバウンド観光客誘客のための各種提言を発信した。また、秋田銀行と北都銀行による寄付講座を2年間に渡り実施し、本学学生のみならず多くの県民の方々の参加を頂いた。
以上の活動を踏まえた上で、2つのセンターの強みを掛け合わせることによって相乗効果を高めるべきであるとの議論が学内で起こり、2015年4月に設立されたのが次に記す「アジア地域研究連携機構」である。
アジア地域研究連携機構
新機構は3つのミッション、1)アジア地域研究の深化、2)国内外の研究機関との学際的連携プロジェクトの推進、そして1)2)の成果を基に秋田の活性化に向けた政策提言、を掲げ出発した。新機構は所属教員7名と事務局員2名で構成され、所属教員の専門は環境政策、国際法、移民政策、ASEAN地域研究、ロシア地域研究、考古学等である。また、本年7月には本学全教員に対して各教員の専門性を活かした研究調査を公募し、6件を採択した。これにより機構所属教員のみならず、より多くの教員が秋田の直面する課題解決や活性化策、県内企業の海外展開を支援するプロジェクトを重層的に推進する仕組みが整備された。また、海外の大学・研究機関から客員研究員を招聘し、秋田の活性化に資する共同研究も推進している。本年1月にはマレーシア工科大より研究員を招聘し、秋田県内におけるハラルツーリズム推進の可能性とその課題について研究してもらい、その成果を関係者に共有した。また、研究結果は機構設立に伴って発行した「アジア地域研究連携機構・紀要」第1号に掲載した。今年度はロシア、韓国からも研究者を招聘し、それぞれ秋田と韓国・ロシアとの関係強化や両国の地政学的分析を秋田との連携という文脈で実施する予定である。
去る9月2日には本学と日本貿易推進機構(JETRO)とのあいだで連携包括協定を結び、特に本機構とJETROとの多様な連携事業を推進することが確認された。具体的にはJETRO各国事務所への本学学生や留学生のインターン派遣、海外で開催される日本の物産品や観光PRブースへの本学学生の派遣による通訳や商品説明等に対する側面支援、JETRO・アジア経済研究所と機構所属教員とのクロスアポイントメント、ジェトロ職員・前述研究所員による本学での特別講座や単位付与を伴う一般講義の開講に向けた準備を進めている。また、機構では地域環境研究センター時代より実施している秋田県内における外国人介護士受け入れ促進の是非と、その推進環境整備に関わる調査を引き続き実施している。また、秋田県酒造組合と連携し、秋田の日本酒ガイドブック「美酒王国秋田」を地元出版社から発行した。ちなみにそのガイドブック200冊を海外の高級日本食レストランに贈呈し、秋田の酒を世界に向けて発信している。また、その英語版も現在、出版に向けて準備中であり、年度末には完成の予定である。
今後に向けて
以上2つのセンターそして新機構の活動を切り口に本学の地域貢献活動を概説した。現在、わが国の国公立大学において大学教員は「象牙の塔」に籠もり、社会と没交渉で自分の専門研究に没頭することは殆ど無い。多くの大学では地域の課題を研究俎上に載せ、それぞれの専門的観点からそれら課題群の分析と対応策を社会に還元することが求められている。グローバル人材の育成をミッションに掲げている本学であるが、グローバル人材の育成において重要なのは、グローバルな課題がどのように日本そして秋田と接続し、どのような影響があるのか、グローバル課題に対して秋田としてどのような対策があるのかを県、国、そしてグローバルの文脈で分析・検証し、それを教育現場でも反映させることである。本学の講義でも地域課題を取り上げ、問題の複雑さを現場で学べるようにしていることを報告させて頂きたい。また、大学教員にとっても地域課題は重要な研究テーマでもあり、それらに取り組むことにより教員の力量強化につながる。
国際教養大学は今まで秋田県民から、ある意味で異質、かつ遠い存在として敬遠されてきた一面がある。今後は秋田県に支えられている大学として秋田県の多様な機関、団体、部署とこれまで以上に連携し、秋田の活性化の一助になればと切望して止まない。
(大 学 概 要)
1 大 学 名 | 公立大学法人国際教養大学 |
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2 代表者名 | 理事長・学長 鈴木典比古 |
3 所 在 地 | 〒010-1292 秋田県秋田市雄和椿川字奥椿岱 |
4 電話番号 | 018-886-5900 |
5 FAX番号 | 018-886-5910 |
6 U R L | https://web.aiu.ac.jp/ |
7 教 員 数 | 専任教員64名、非常勤34名 |
8 学 生 数 | 899人 |
9 設立年月 | 2004年4月 |
10 基本理念 | グローバルな視野を伴った専門知識を身に付けた実践力のある人材を養成し、国際社会と地域社会に貢献する |
11 アジア地域 研究連携機構 |
2015年4月、本学教員の多様な専門性を活かしつつ秋田県が直面する様々な課題を多角的に調査・分析する研究機関として設立 機構長:熊谷嘉隆教授(国際連携部長) |